偏差値35の落ちこぼれから「ゲーム式暗記術」を編み出し東大に合格したスゴい人!

単語カードさえ使えないかった

中学3年生になれない!?

ゲーム式暗記術が生まれる瞬間

本日登場するスゴい人は、学年最下位偏差値35の落ちこぼれから、奇跡の東大合格を果たした。
もともと頭が良くて勉強しなかったタイプではなく、勉強をしていたが成績が上がらなかったという。
そんな彼が何故、東大を目指したのだろうか?
そして、二浪した時に独自に編み出した「ゲーム式暗記術」が功を奏した!
彼がどのようにして東大合格を果たしたのか見てみよう。

さあ…
東京大学・学生・ライター
西岡 壱誠様の登場です!


いじめられっ子

小学校でも中学校でも、いじめられっ子でした。
いじりやすいタイプだったらしく、遊びからエスカレートして、いじめに発展した感じです。
学校の授業中、友達を喜ばせたい思いが先行してしまい、全く答えはわからないのに毎回手を上げていました。
先生も「どうせ間違えるのはわかっているが一回当ててやる」という感じで仕方なく指してくれていました。
ピエロじゃないですが、おどける子どもでした。

単語カードさえ使えなかった

ある時、母親が漢字の読み方カードを作ってくれました。
表に漢字、裏に読み仮名が書いてあるのですが、この単語カードの使い方さえ理解していなかったのです。
台所で料理をしていた母親に「答えは?」と聞くと「後ろを見なさい」と言われ、カードの後ろを見るのではなく思わず振り返って後ろを見てしまう程、バカだったのです。
この行動には母親も呆れていました。

中学3年になれない!?

中学2年の三者面談で、成績が悪すぎてこのままだったら3年に進級できないと言われました。
勉強はしていると言っても信じてくれないし、勉強の仕方が間違っていると言われました。
この三者面談は15分だったのですが、3時間に及んでしまい流石に次の人が待てなくなり、翌日また呼び出されて2日にわたり面談しました。
勉強していなくて頭が悪いのではなく、1日2時間近く勉強しているのに成績が上がらないのです。
それは全ての教科においてでした。
ただ、この三者面談後に少し勉強に向かう姿勢を改め、学年ビリだったのが下から15番目ぐらいになりました。

先生の言葉をきっかけに東大を目指す

中学3年になるといじめがエスカレートしました。
担任の先生に呼ばれ「西岡、お前はこのままでいいのか?」と言われたのです。
ひどいいじめに遭った後でしたので「このままでは良くないです。自分を変えたいです」と答えました。すると先生は「じゃぁ、東大行け」と言ってきたのです。
僕も「じゃぁ目指してみよう」と思ってしまったのがきっかけです。
学年のビリから15位、25位、30位と階段を1段1段上がるように成績は上がりました。
高校2年生で選抜クラスが出来るのですが、勿論入れるわけがありません。
偏差値60ぐらいになった時、そこからの壁がなかなか抜けられませんでした。
現役で東大を受験したものの、箸にも棒にもかからず不合格でした。

東大を目指す人達との出会い

浪人1年目。
僕の周りで東大を目指す人は1人もいなかったので、予備校に通うようになって初めて東大を目指す人達と会いました。
最初に驚いたのは、同じ授業を聞いているのにノートの仕上がりが全く違うことです。
僕は黒板に書かれた事を単に写していて、それで良いと思っていたのですが、成績の良い人のノートは
仮に授業を聞いていない第三者が見てもわかる程に纏まっているのです。
ポイントとなる部分に、重要である理由や関連事項も書き加えられ、色ペンや矢印などを駆使して分かりやすく丁寧に纏めているのです。
そして自習室にこもってずっと勉強をするのではなく、1時間勉強したら必ず休憩を挟み、脳をリフレッシュさせているのです。
僕は勉強時間を増やせば成績が上がると思っていたのですが、大切なのは時間よりどれだけ集中していたか、だったのです。
こういう違いに気づいたのですが、その時は頑なに自分の勉強スタイルを崩しませんでした。
その結果、東大を受験しても、またもや不合格。

ゲーム式暗記術が生まれる瞬間!

ここまで来ると、本当に何もかもが間違っていたのだと思いました。
諦めるんじゃなく変えなきゃ!という思いが芽生え、人の勉強のやり方を真似し始めました。
授業を聞いてその場で1回覚えたとしても、1ヶ月後には記憶が薄れているのが人間です。
1回じゃ覚えられないから見直しが必要になります。復習です。
例えば単語を単に1から100まで覚えるのではなく、1つずつ深く掘り下げて関連語なども含めてまとめると、1ヶ月後に見直した時に得られる情報量が全く違うんです。
2年も勉強してきて疲れも出始めました。
勉強なんて大嫌い。暗記なんて大嫌い。それでも東大に受かりたい。
それならゲームをして東大に挑戦しよう。
これがゲーム式暗記術を作り上げたきっかけです。
ゲーム式暗記術に取り組みはじめ3ヶ月後の7月、8月の模試の成績が驚くほど伸びたのです。
二浪しているため情報量はそれなりにあったはずなのに、成績が急上昇しました。
それまでD,E判定だったのがA判定となり、全国の東大模試で4位になりました。
自分のやり方の悪い部分を一つずつ見直したことが、いい結果につながったのだと思います。

東大合格から出版へ

東大に合格した時、嬉しさのあまり両親と狭い廊下でスクラムを組みながらその場をぐるぐると回ってしまいました。
そして、自分を変えたければ東大を目指せと言ってくれた先生に報告しに行きました。
合格までの経緯を話すと先生は「本を出さないか」と言ってくるのです。
またこの人、変なことを俺に言ってきたと思いましたが、先生の奥様が出版関係のお仕事をされていた
ご縁もあり、たった半年で出版となりました。
26個のオリジナルゲーム式暗記術の本です。
東大に合格して先生からも「お前変わったな!」と言われました。
人間的に成長したというわけでは無いと思いますが、叩きのめされても大丈夫になったというか、失敗に強くなりました。
これからの人生で困難が訪れたとしても、1回は落ち込むと思いますが、立ち上がる力はこの受験を通してついたと思います。

取材を終えて・・・

担任の先生が何気なく言った一言で西岡君の人生が大きく変わった。
取材の前半、絶対に地頭が良いのだろうと疑わなかったが、聞けば聞くほど確かに決して頭は良い子では無かったのだと思った。
一浪して追い込まれた時、大の卵アレルギーの西岡くんはこれまで食べたことのないショートケーキを食べようとしていたそうである。
もし食べていれば病院に運ばれ、下手したらこの世にいなかったかもしれない。
食べる直前、友人からの電話があり「人生なんてゲームの連続だ」という言葉に救われたという。
ゲームだからこそ何度でも挑戦すれば良い。何度でもチャンスはある。
確かに人生はゲームのようでもある。


プロフィール

西岡 壱誠(にしおか・いっせい)
東京大学2年生。1996年生まれ。東大合格者輩出実績ゼロの無名校でゲームにハマり、落ちこぼれ、学年ビリに。偏差値35の絶望的情況から一念発起して東大を目指すも、現役・一浪と2年連続で不合格。
崖っぷちの情況で「ゲーム式暗記術」を開発しみるみる偏差値が向上。
合格のために編み出した独自の勉強法である「ゲーム式」暗記術を本として出版している。

◆著書『現役東大生が教える「ゲーム式」暗記術』(ダイヤモンド社)
http://amzn.to/2riNqBa

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