【岩崎 宏美】日本レコード大賞・歌唱賞など多数の賞を受賞した女性歌手のスゴい人!

岩崎 宏美

本日登場するスゴい人は歌手としてデビュー40周年を迎えたスゴい人!
1975年に「二重唱(デュエット)」でデビュー。
2作目の「ロマンス」が大ヒットし、同年日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、日本有線大賞・優秀新人賞を受賞。
その後も日本レコード大賞・歌唱賞や日本歌謡大賞、日本レコード大賞の各部門を続々と受賞。
「シンデレラ・ハネムーン」「思秋期」「聖母たちのララバイ」等数多くのヒット曲を持つ。
現在デビュー40周年記念コンサートツアー中。
彼女の活躍の秘訣とは?

さあ…
歌手
岩崎宏美様の登場です!

「太陽」

幼い頃はかなりおてんばな女の子でした。
歌は小学校に入るとすぐにレッスンに通い始め、中学時代には同級生でもあった清元延寿太夫、岡村清太郎さんの勧めで初代水谷八重子先生の部屋子になり、お行儀見習いをさせていただきました。
同じ年でもある森昌子さんがデビューされたのを見て、子供でも歌手になれるんだと思い、中学3年生の時に「スター誕生」に応募、最優秀賞を受賞し高校2年生16歳でデビューしました。
最初は楽譜を読むことすらできなくて、新しい曲を覚えるときには歌詞カードを見ながら、必死で耳に頼りながら曲を覚えていました。
プロになってから少しずつ勉強をして、楽譜も読めるようになったんですよ。
私はシンガーソングライターではありませんので、阿久悠先生はじめ作家の先生が作ってくださる曲を歌わせていただいていますが、毎回出来上がった曲を聴いて、いつも感動していました。
詩にも曲にも恵まれた環境に感謝しています。

デビュー当時はとても忙しかったのですが、元々あまり疲れを知らないタイプだったので、他の歌手の方が倒れると決まってピンチヒッターで呼ばれて番組に出演していました。
ピンチヒッターの宏美とあだ名がついていました。
心も身体も丈夫で元気なことは、両親にとても感謝しています。

父は剣道の師範でもあり、とても厳しく躾けられました。
一度姉と二人で竹刀で叩かれたこともありました。
芸能界に入ると決まった時には、その父から大反対されました。
「スター誕生」に出た時には、当時ビデオデッキなどありませんでしたので、テレビの画面をそのまま8ミリカメラで撮影して観てくれていましたが、まさか娘が本当にデビューするとは思わなかったのでしょうね。
芸能界に入ってから、ある日仕事を終えて家に帰ると、忙しくて寝不足だったこともあり、玄関でブーツを脱いでいる間にそのまま眠ってしまったことがありました。
それを父に見つかり「そんなふしだらな生活態度になるなら今すぐやめなさい」ととても叱られました。
それからは、忙しくても気を付けるようになりましたね。

そんな私も、昨年デビュー40周年を迎えることができました。
大変なこともありましたが、今は楽しかった事しか覚えていないです。
数年前にチェコフィルハーモニー管弦楽団との共演で「PRAHA」というアルバムを作りました。
海外のオーケストラの方々との共演です。
その時にまわりの方々をはじめ多くの方々からも認めて頂けたことで、歌手としての自信が付いたのを覚えています。
今年は4月までデビュー40周年ツアーが続きますので、無事に乗り切り、これからも歌を通じて、沢山の方々に元気を届けていきたいと思います。

◆2016年3月2日(水)発売 デビュー40周年記念コンサートDVD&Blu-ray
「岩崎宏美40周年感謝祭 光の軌跡」

◆岩崎宏美オフィシャル・サイト
http://www.hiroring.com/

◆オフィシャルFacebookページ
https://www.facebook.com/fansitehiromi

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