【田原 総一朗】戦後を代表するジャーナリストとして活躍し続けるスゴい人!

田原 総一朗

テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新たな時代を築いたスゴい人が本日登場する。
大学を卒業後、映画製作所を経て東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社。
77年にフリージャーナリストとしての活動を開始。
98年には、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞した。
80歳の現在もなお『朝まで生テレビ!』、BS朝日『激論!クロスファイア』への出演など現役で活躍を続ける彼のジャーナリズムの原点は、小学生の時の経験にあった。
さあ・・・ジャーナリスト田原総一朗様の登場です!

「自分で確かめる」

子どもの頃は病弱で、先生を言い負かすような少し理屈っぽい子どもでした。
小学生の時に終戦を迎え、聖戦と教わってきた戦争は終戦とともに間違った戦争だったと言われ、学校で教わることがそれまでと180度ひっくりかえってしまいました。
この時、私は大人がもっともらしい口調で話すことは信用できないと思いましたね。
それからは、何でも自分で確かめて、自分の耳で聞いた一次情報のみを信じるようになりました。
大学を卒業後、映画製作会社を経てテレビ東京(当時の東京12チャンネル)に入社しました。
私がいた頃のテレビ東京は、まだできたばかりで視聴者も少なく“テレビ番外地”と呼ばれていました。
他局と比べて制作費は圧倒的に少なく、そのため製作日数も短く、遠くにもいけない。
そんな状況で他局とどう勝負するかを散々考えて、「他局がやろうとしてもできないこと」をしようと上司に提案をしました。
それは、危なっかしい事や冒険をすすんでやるということ。
つまり、「ヤバイ」番組を作るということです。
会社は実に自由な雰囲気でしたので、やろうと思ったことは何でもできました。
従来のテレビの常識を打ち破り、既存の枠から大きくはみ出して自由に番組を作ることができました。
“テレビ番外地”だからこそできた挑戦だったと思います。
この時の経験こそが、私が今でも現役でいられる理由だと思います。
テレ東は私の青春であり、心のふるさとです。
今でも、『朝まで生テレビ!』のような長く続いている番組でも毎回違う番組を作ろうという気持ちでやっています。
その為には相当考えますし、悩みます。
人間には、苦しい時や大変な時があります。
でも、そんな時は「おもしろい」と思うようにしています。
そう思うだけで、大変なことも楽しみながら乗り越えることができるものです。
来年は、戦後70年の節目の年になります。
私自身の戦後総括の年として、本を書いています。
戦争を知らない子ども達が読んでも理解できるような本も出版したいと思っています。

◆田原総一朗公式サイト
http://www.taharasoichiro.com/

◆田原総一朗公式ブログ
http://www.taharasoichiro.com/cms/

◆BS朝日『激論!クロスファイア』
毎週土曜 午前10:00~10:55放送
http://www.bs-asahi.co.jp/crossfire/

◆テレビ朝日『朝まで生テレビ!』
次回は11月7日(金)深夜予定
http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/

※上記サイトは、一部携帯では見られない可能性があります。

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