【上田 正樹】R&Bシンガーとして40年以上も第一線で活躍し続けるスゴい人!

上田 正樹

1972年に「金色の太陽が燃える朝に」で歌手デビュー。
1974年、“上田正樹とサウストゥサウス”を結成し、当時のバンドブームの頂点に立った。
その後、1982年にソロとしてリリースした「悲しい色やね」は有線放送から火がつき、シングルチャート1位を獲得。
自身最高のヒット曲となった。
近年ではアジア圏での活躍も目覚ましく、2001年にはインドネシアで17週連続1位を獲得するなど、インドネシア、マレーシア、韓国での人気も確固たるものになっている。
また、Ray Charles、B.B. Kingなど、海外の数多くのBlues Artist達と競演を果たした。
東日本大震災の発生後には復興支援チャリティコンサートに参加するなど、被災地支援活動にも積極的に参加している。
40年以上も活躍を続けるスゴい人の音楽への思いとは?
さあ・・・シンガーソングライター 上田正樹様の登場です!

「音楽の力」

R&Bとの運命的な出会いは、高校2年生のときに見たアニマルズのライブ。
3階の一番奥の席から1階ステージ前に行き、ステージ上のエリック・バードンに握手をしてもらいました。
どうやってステージ前まで行ったかは覚えていないけれど、本当に手のひらにビリビリ電流が走り、ひと晩で人生が変わりました。
その日を境に1日中ギターを片手に歌をうたっていました。
だけど、Bluesは元々黒人の音楽。
日本人にそんなものできるわけ無いと言われ続けて、自分でも「やっぱり俺にはできないのかな」とずっと思っていて、それでも諦めたくなくてしがみついていました。
でも、ブルース界の巨人のB.B. Kingと一緒にライブした時に「お前はすごくオリエンタルでアーバンなブルースシンガーだ。それで良いんだ」って言われて、よしこれで行ける!って思えたんです。
自分自身の出口のないトンネルの向こうにほんの少し光が見えてそこからまた頑張れました。
東日本大震災があった後、音楽で魂が癒やされると思い、何を聴きたいかと尋ねたらそれが、童謡や唱歌だったんです。
今までR&Bが本当に好きで好きで仕方がないから
「お金が無くてもお腹がすいても歌いたい。」
と言っていましたが、いろんな経験をしていくうちに、みなさんが聴きたい曲を歌おうという考え方に変わってきたんですよね。
聴いてくれる人の心が豊かになるものが1番だなって今は思います。
以前に被災地に行って子どもたちと一緒に歌う機会があってその後、その小学校の子から手紙がきて
「歌が好きです。僕は立派な歌手になりたいです。」
と書かれていました。
そういう無限の可能性を持つ子どもたちの夢を叶えてあげられるような、そんな大人になりたいと思いました。
復興はまだまだだから、音楽が役に立てば良いなと思います。
日本は急激に豊かになってたくさんのお金を得たけれど、その代わりに、心の大事な部分を失ってしまったと思う。
だから、そういう大切な部分、心の真ん中の部分を大人が率先して作って、心の復興をしていく必要がありますね。
僕はこれからもアフリカから発祥したブルースを基盤にした音楽を創り、世界に発信します!

◆上田正樹オフィシャルサイト
http://www.masakiueda.com/
※PC専用ページとなっております

タグ: 

こちらのスゴい人もオススメです

日刊スゴい人!をフォローする