【池谷 直樹】舞台をプロデュースする跳び箱世界記録ホルダー!

池谷 直樹

同じ体操の選手でありオリンピックのメダリストだった兄と比較される中、夢破れ、体操を辞めた。

高視聴率番組“スポーツマンNo.1決定戦”で優勝したことがきっかけでミュージカルに誘われ、リーダー的な存在までになったが、運営会社が突然の倒産。

しかし、諦めなかった。今や経営者となり、今年、全く新しい舞台を旗揚げした。

常に目標を持ち、夢に生きるスゴい人!が登場だ!

さあ・・・池谷直樹様の登場です!

 

「どんな状況でも続ける」

小学生の時、4つ上の兄の体操スクールに親と一緒に行くうちに小学校3年生から自分も体操を始めました。

楽しそうに体操に臨む兄とは違い、どこかで親にやらされているような気持ちもありました。

成績も伴わず、中学校3年生の時で、全国で9位。オリンピックを意識し始めた大学でやっと体操に本気で取り組み始めましたが、時すでに遅しで、上位7名がオリンピックに出場できる権利をもらえる大会で最終的に10位に終わってしまいました。

体操を最終的に諦めたのは社会人2年目の時。すべての目標を失いました。

兄の影響か、芸能界の話もありましたが、パチンコ屋でアルバイトをしながら本当に、日々、悩み苦しんでばかりいました。

そんな時、当時のモンスター番組とまで言われた人気の『スポーツマンNo.1決定戦』の1コーナー“モンスターボックス”という跳び箱競技で、世界一の記録を取りました。

その記録はいまだにギネスに載っていて、その23段(3m6cm)が僕の人生を、一瞬で変えました。オンエアをきっかけにしてマッスルミュージカルへの出演が決まり、10年間、そこでリーダーを務めました。

その経験が、今、僕が人生を賭けてチャレンジしている音楽とパフォーマンスを融合したエンターテイメントミューカル “サムライ・ロック・オーケストラ”をプロデュースするルーツです。

舞台に立ち、演目を決め、人選をし、チケットもさばき、会計をやり、雑務もやる。でも、僕は、この舞台が日本で大成功を収めるのはもちろん、世界を狙っています。だから、“サムライ”という名前を入れました。

オリンピックでメダルを取れるのは、一部の人。本当にごくごく一部。その裏には、メダルに手が届かない選手がいて、さらにその裏には、出場すらできない選手たち。

僕は、彼らが、今までの努力と能力を開花させる舞台を創造したいのです。さあ、夢を持とう!継続し続ければ、その向こう側に夢があるのだから!

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