【本間 勝久】ミハエル・シューマッハをF1へ導いたスゴい人!

本間 勝久

F1で7度もチャンピオンになったミハエル・シューマッハのF1へ進むきっかけを作った元F3000のチーム・ルマンの監督を務めたスゴい人!が登場する。
ミハエル・シューマッハは、1991年の全日本F3000第6戦チーム・ルマンの3台目としてスポット参戦。F3000では初登場にして2位という成績を収め、それをステップにしF-1へ参戦していった。
彼がルマンに指名し、チームに参加させなければ、ミハエル・シューマッハの今日の栄光は無かったかもしれない。
その証明に、弟のラルフ・シューマッハに日本でレースを学ぶなら彼の元へ行けとミハエル・シューマッハが言ったという。
さあ・・・元チーム・ルマン監督本間勝久様の登場です!

「決めて、動く」
子供の頃、いつの日かフォーミュラーカーのドライバーになりたいと思っていた。小学生の時から車のすべてが好きだった。父親が車に関わる仕事をしていたせいもあると思う。
明確に、モータースポーツに関わると決めたのは小学校の高学年だったね。
幸い親や親族は何も言わなかったけど、学校の先生や、周りには否定される事もあったね。
早くにモータースポーツに関わりたいと決めてしまったから、人生において車ビジネス以外に関わる気はなかった。
車の輸入販売やレーシングに関わる車の販売チームの運営スポンサー集め監督レース以外にも色々やったね。
僕らが始めた頃は、イギリスやイタリアを中心にレース市場が発展していく途中だった。
その頃日本には、レースをしている中に英語を話せる人がいなかったから席が空いていたんだね。だから、レースに関わる事が出来たんだよ。若い人たちに伝えたいのは、
考えてアクションを起こす事。
やってみなければ分からない事はいっぱいある。やっていく上で考えが変わる事もある。
失敗したら、反省すればいい。後悔はだめだけど。
挫折っていうけど、挫折ってなんだろうね。僕自身人生で挫折だと思う事は無かった。もちろん仕事では、損失を与える失敗や朝9時~夜中の3時ぐらいまで働く忙しい大変な時期もあったよ。
また、実は僕自身小さい頃夢に描いていたレーサーではない。
でも、それを挫折とは思っていない。
形は変わったけれど車に関われているから。事故や身体的な問題はあると思うけど、そんな外的要因がない限り途中で投げ出さず、やり続ければ、挫折なんて無いんじゃないかな?

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