「ものづくりをしたい」という想い
ウイスキーを守るため、独立を決意
常に少しでもいいものを
埼玉県秩父市に蒸留所を持つ「株式会社ベンチャーウイスキー」
本日登場するスゴい人は、同社の創業者であり、世界が注目するウイスキー「イチローズ・モルト」の生みの親。
彼は造り酒屋を営む家庭に生まれ、大学卒業後はサントリーで企画や営業を経験し、父の会社へ。
しかし会社の経営難により、20年間育てたウイスキーが廃棄の危機に。
そこで彼は自身の会社を立ち上げ、世界にファンを持つ「イチローズ・モルト」が生まれる。
さあ…
株式会社ベンチャーウイスキー
代表取締役社長 肥土 伊知郎様の登場です!
造り酒屋に生まれて
造り酒屋の家に生まれたので、酒造りは身近で、空気のような存在でした。
好奇心旺盛な子どもで、面白いと思うと2年くらいのめり込み、色々な知識をつけていました。
遊びを通じた経験が、仕事をする上でも役に立っている部分があります。
大学受験で自分の希望していた大学には受からず、父の勧めで受けた東京農大農学部醸造学科に合格し、入学。
自分では「継がない」「別の道を見つけるんだ」と言いながらも、親の敷いたレールの上を走っていたような気もします。
「ものづくりをしたい」という想い
大学卒業後、サントリーさんにお世話になりました。
ウイスキーづくりをしたかったのですが、当時技術職は院卒以上の採用でしたので、企画や営業をしました。
最初は大変でしたが、工夫して企画を立て、業績表彰をいただくこともできました。
充実していたものの、徐々に「本当はものづくりをしたかった」という想いが沸き上がってきて。
その時に父から「会社の業績も思わしくないし、戻って手伝ってくれないか」と言われ、酒造りができるかもしれないと思い、父の会社に戻ったのです。
ウイスキーという仕事の面白さに目覚めたのはその頃ですね。
父の会社のウイスキーは「面白い」
父の会社は日本酒や焼酎がメインで、ウイスキーも作っていたのですが、「うちのウイスキーは飲みづらくてあまり評判が良くないんです」と作っている本人たちが言っていました。
原酒を飲んでみると、「変わっているな。でも面白いな」と思ったんです。
ただ、世の中の人に受け入れられる味なのかと思い、どうせならウイスキーバーで、ウイスキーに詳しいマスターに味を見てもらうのが良いと考えました。
飲んでもらうと好感触で、ウイスキーとして評価してくれる人がいると気づいたのです。
何軒もバーを歩く中で、ウイスキーはそれぞれ全く味が違い、飲み比べる楽しさがあると気づき、勉強しました。
当時ウイスキーの市場はどんどん縮小している時代でしたが、面白いと感じていました。
ところが、父の会社は量販がメインだったので、次第にウイスキーばかりに力を注げなくなりました。
ウイスキーを守るため、独立を決意
想像以上に会社の経営状態が良くなく、2000年に民事再生法を申請して実質倒産。
本当にどん底でした。
自分がどんなに頑張っても解決できないことがあり、考えてもどうしようもないので、考えるのをやめました。
自分の力が及ぶところに集中すると、大きな力が出る。
困難な時期を乗り越えることができたのは、そういう考え方をできるようになったからだと思います。
あの時の苦労を考えれば、大抵のことは乗り越えられるような経験でした。
2004年に父が会社を手放す決断をし、人手に渡ることになりました。
ただオーナーさんは、ウイスキーは熟成に時間がかかり、何年間も大量に貯蔵庫で保管しないといけない、売れていないという三重苦を抱え、期限を決めて原酒を廃棄し撤退するとおっしゃった。
中には20年近く熟成させた、まるで二十歳目前の我が子のようなお酒があり、それを廃棄するなんて、とても我慢できませんでした。
そこで、自分が独立させていただいて、それを世の中に出す仕事をしようと決めました。
そこからは自分の選択です。
多くの人の協力・応援・支えを得て
ウイスキーの保管場所を求め色々なところにご相談しましたが、門前払いされ続けました。
そんな中、笹の川酒造さんに相談すると、「そんな貴重な原酒を廃棄するなんて業界の損失だ。もって来なさい」と言ってくださったんです。
廃棄目前のウイスキーたちが救われました。
この時はウイスキーの製造免許がないので、お酒の企画会社として会社を立ち上げ、笹の川さんの敷地でウイスキーを製品化し始めました。
ただ、売っているだけではいつかウイスキーが無くなってしまう。
ウイスキービジネスは先輩が造ったものを売らせてもらい、自分が造ったものを将来の財産として引き継いでいくものです。
自分もまたウイスキーづくりを始めなければという想いで、秩父蒸溜所立ち上げを決意し、バーのマスターにもその夢を語りました。
「応援しますよ」「ウイスキーができたらうちにも置きますよ」と言ってくださり、それがモチベーションになって、頑張ろうと思いましたね。
秩父の3年物のウイスキー
3年以上熟成させないとウイスキーとは言えないのですが、スピリッツを非常にハイクオリティだと、周りのウイスキー愛好家やプロの方たちが評価してくれました。
この方向で造れば間違いないかもしれないと思い、それが確信に変わったのは2011年10月、3年物のウイスキーを発売した時です。
秩父で熟成させた3年物のウイスキーは、自分で言うのもなんですが、「ことのほかすごいものが出来たかもしれない」と思ったんです。
最初は記念品として数百本出そうと思っていましたが、この品質ならもっと本格的に発売しても大丈夫だと判断し、7400本ボトリングしました。
ウイスキーに詳しい酒屋さんにも「ずいぶん思い切ったね。あの有名なキルホーマンですら最初のボトリングは8000だよ」と脅かされました。
しかし、発売日までに国内・海外ともに予約で完売しましたので、本当に皆さんが待ってくれていたんだと実感しました。
ウイスキー雑誌のレーティングで軒並み100点満点中の80点以上、星5つなど、愛好家の方たちが高い評価をくれたのはありがたかったです。
蒸留所ができた時でも、物が売れただけでもなく、おいしいと評価されたその瞬間が、それまでで一番嬉しかったですね。
常に少しでもいいものを
良いものを造るために基本にとことん忠実で、細部にこだわる。
これは今も変わりません。
ものづくりは、常に少しでもいいものを造る積み重ねです。
特にウイスキーは何年も熟成させるものですから。
薄いティッシュペーパーを積み重ねても、最初の何枚かでは差がわからないけれど、毎日積み重ねたらものすごい差が出てくる。
ほんのちょっとの差、ほとんどわからないような差であっても、それを積み重ねることで将来大きな差になるだろうと思っています。
好きだからこそ続けられる
夢を叶えるためには、自分がやっていることを好きになること。
今の時代、好きでもないことをやって成功するほど甘い時代ではないと思っています。
好きだからこそ続けられるし、苦痛に感じないので、好きなことを続けることが、成功の秘訣ではないかと思います。
来年になると貯蔵庫の中には10年物のウイスキーが誕生します。
30年物の秩父のシングルモルトウイスキーが飲めたら、幸せなウイスキー人生だったと思えるので、あと21年間一生懸命ウイスキーづくりを続けていきたいと思います。
取材を終えて
秩父蒸溜所にお邪魔して、お話を伺いました。
肥土社長は、とても穏やかな語り口でお話しくださいましたが、その中にもウイスキーづくりにかける強い想いを感じました。
進学する大学やご実家に戻られることは、ご自身の選択と言うよりは流れに乗っていたそうですが、独立からは完全にご自身の選択。
オーナーから残ることを求められても、奥様から残ったほうが良いと言われても、独立を決断されたそうです。
お話を伺っていて、ウイスキーそのものにも興味が湧いてきました。
今まで、ウイスキーはハイボールで飲むことがほとんどでしたが、「イチローズ・モルト」は割らずに味わい、個性を楽しみたいと思います。
プロフィール
肥土 伊知郎(あくと・いちろう)
株式会社ベンチャーウイスキー 代表取締役社長
◆秩父蒸留所Facebookページ https://www.facebook.com/ChichibuDistillery/
受賞歴
・WWA2007:Two of clubs 6y
[Best Japanese single malt under 12y]
・Malt Maniacs Awards2007:Hanyu 1988
[Supreme warped cask award]
・WWA2008:The final vintage of Hanyu
[Best Japanese single malt 12 under]
・WWA2008:Ichiro's Malt 23y
[Best Japanese single malt 21y and over]
・WWA2009:Double Distilleries
[Best Japanese blended malt]
・WWA2010:Six of clubs
[Best Japanese single malt 12y and under]
・WWA2010:King of hearts
[Best Japanese single malt 21 and over]
・WWA2010:Mizunara wood reserve
[Best Japanese blended malt no age]
・Jim Murray's whisky bible 2010:King of diamonds,Ace of Diamonds
[Liquid gold award]
WWA2011:Wine wood reserve
[Best Japanese blended malt]
・Whisky Advocate Award:Chichibu the first
[Japanese whisky of the year]
・WWA2012:Wine wood reserve
[Best Japanese blended malt no age statement]
・WWA2012:Nine of clubs
[Best Japanese single malt 12 to 20y]
・WWA2013:Wine wood reserve
[Best Japanese blended malt no age statement]
・Ichiro's Malt CARD JOKER
[Japanese whisky of the year]
・WWA2017: Ichiro's Malt Chichibu Whisky Matsuri 2017
[World's Best Single Cask Single Malt of the year 2017]