AIエンジニアであり、20万人フォロワーを持つYouTuber!時代を軽やかに生きるスゴい人!DAY1▶TOMOKIN様

 コロナで世界の様相は一変し、今までの当たり前が当たり前ではなくなった今日。大企業さえも副業を認める時代に、多くの人が多様な選択肢に迷いを深めています。今日ご紹介するのは10年以上も前からパラレルキャリアを築きあげてきたTOMOKINさん。冷静と情熱の間を自然体で生きてきたその日々を伺いました。

  面白いをツクル  

 

YouTuber/会社員 TOMOKIN

2日目を読む

 

―目立ちたがりの幼少期

―失意の中出会ったビートボックス

―誹謗中傷をも味方につけて

 

編集部(以後、編):今日はお時間いただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。

TOMOKIN様(以後、T):よろしくお願いいたします。

 

編:関西ご出身でいらっしゃいますよね?

T:はい、兵庫県で生まれ育ちました。

 

編:ご兄弟はいらっしゃるんですか?

T:一人っ子なんです。会社員の父とダンス教室の先生をしている母の3人家族です。

 

編:大切に育てられたんですね!

T:どうかな(笑)。そう思いたいですね。

 

編:幼い頃から目立つのがお好きでしたか?

T:小学校くらいから賑やかな子どもでしたね。きっかけは学校の運動会で選手宣誓の役割を任されたことでした。授業中うるさかったんですよ、僕(笑)。その罰ゲームみたいなものですね。でも全校生徒代表で選手宣誓をやったら、快感だったんですよ、これが。人前で何かやるって気持ちいいなって思いました。

 

編:今につながる原体験ですね!

T:そこから率先して行事に参加するようになりました。文化祭などでも全校生徒の前で話す機会や役割を自ら担うようになりました。両親も喜んでくれましたしね。今でも両親との会話でその時のことが話題になりますから、両親にとっても誇らしかったのだろうと思います。

 

編:学校では人気者でいらしたんですね。

T:それがそうでもないんです、実は。子どもの頃、僕、太っていたんですよ。体形のことで同級生からイジメというほどでもないのですが、からかわれたりしていて。人前に出て何かをしたい性格でしたが友人達にはあまり良い印象をもたれなくて、人間関係はうまくいかなかったですね。

 

編:今のTOMOKINさんからでは考えられないですね

T:生徒会長に立候補しても落選しました。友人の評価が低いですからね。それも圧倒的な全面敗北だったんですよ。この時に、あー、これは僕は求められる立ち位置では無いなと気が付いて、卒業まで目立たない存在でいようと決めました。

 

編:周りの状況を見極めて自分の立ち位置を図るというのが多感な年頃にできるというのはある意味で柔軟な考え方ができる子どもだったとも言えますね。

T:そうかもしれません。その頃からフレキシブルな考え方でしたね。

 

編:心理的にはお辛い状況だったと思いますが、その後は何をされたんですか?
T
:パソコン部に入部しました。プログラミングとかではなく、ただネットを見るだけの部活です。当時はまだインターネットと言っても今ほどコンテンツが沢山あるわけではなかったので、ネット検索をしたり、ゲームをしたり。当時はローマ字入力さえままならなかったです。

 

編:でも当時にしたら新しい文化ですから、わくわくなさったのではないですか?

T:それが以外に冷静でしてね、パソコンは目が悪くなるし、ゲームばかりしていて。そんなに良いイメージは無かったんですよね。

 

編:ボイスパーカッションにはどこで出会われたんですか?

T:大学入学後に入ったアカペラサークルです。第4希望の大学の法学部に入学したので、自分としては再浪人して、もっと上の大学を受験しようかと悩んでいた時期に、このアカペラサークルの新人歓迎会がとても楽しくて、これがきっかけで音楽と出会いました。当時はTVでもハモネプリーグなどが放映されていてアカペラがブームでした。ちょっと覗いてみたらハマりました。

 

編:サークルのおかげでそのまま進学なさったんですね。

T:そうですね、先輩に色々なことを教えてもらいながら2か月でステージに立ったりもして、楽しかったですね。中学校以来、封印していた、目立つのが好きな性格も発揮できました。新人だけでバンドを組んでデビューもしました。

 サークル活動が楽しかった大学時代

編:ファンの方とかもいたりして?

T:そうですね、大学時代の活動を通して少しずつ名前を知られるようにはなっていました。

 

編:TOMOKINという名前はこの頃からですか?

T:はい、大学時代からTOMOKINという名前で活動していました。今はHIKAKINさんという押しも押されぬYouTuberがいらっしゃるので、それを真似て付けた芸名だと思われがちなんですが実は大学生時代からずっと使っている名前なんです。

 

編:大学時代からYouTubeでの活動はなさっていたんですか?

T:はい。ただYouTubeも今のような配信形態ではなくて、僕自身は録画した動画などをファイル形式でアーカイブする場所という使い方をしていました。実家のパソコンを使って行う編集も今ほど個人でできることも多くなかったですしね。学生時代にバンドのみんなで取った音源を置いていました。

 

編:パソコン部のスキルが活きたのではないですか?

T:それがそうでもなくて、当時はYouTubeの非公開機能というのも知らなかったので、全世界に公開していました(笑)。そしてあまり深く考えないまま、放置していたんです。

 

編:将来の夢はアーティストだったりしたんですか?

T:当時はビートボックスが大好きだったので、このスキルを活かしてテーマパークなどに就職するということを考えてみたこともあります。でもその時に思ったのは、ビートボックスが好きでビートボックスを仕事にするというのが結構ストレートすぎるなと。何もフックが無いなと思いました。

 

編:フック?

T:例えば、有吉さんのように、最初はお笑い芸人でしたけれど、歌手としての活動をされたり、今ではトークのスキルでMCをなさっていて、芸人という枠だけの活躍ではないですよね。こういったもう一つ別の切り口というものを持っていなければ、ビートボックスだけで生き抜いていくのは難しいだろうと考えていたんです。

 

編:それで一般企業に就職なさったんですか。

T:はい。当時はリーマンショックからくる就職氷河期でしたので就職も非常に厳しい時代でした。何者かになりたい。有名になりたい。という気持ちを抱えながらも会社員として一部上場企業のシステムエンジニアとしてゼロからスキルを身に着けることとしました。

 

編:最初は大変でしたでしょうね。

T:そうですね、覚える業務もたくさんありましたし、普通の会社員の生活の中で慌ただしくも充実した毎日を送っていました。

 

編:YouTubeなどはまだなさらずに?

T:そうですね。最初のころは本当にただただ一生懸命に仕事を覚えていたのですが、2013年にちょっとした問題が起きたんです。

 

編:問題とは?

T:学生時代にTOMOKINという名前で全世界公開して放置したままのYouTube動画ですが、HIKAKINさんが有名になるにつれて、僕の動画をご覧になった方から、HIKAKINさんの真似をしているんじゃないかと問い合わせが沢山来るようになりました。当時はGMAILYouTubeのコメントを転送していましたので。

 

編:ある日突然?

T:そうですね、すごい数になっていきました。HIKAKINさんはビートボックス業界では有名な方だったので存じ上げていたのですが、こんなやり方でビートボックスで社会に出る方法があったのかとその点でもびっくりしましたね。

 

編:本心はこちらの方が早かったのになんて思われたりしましたか(笑)

T :無いと言えば嘘になりますが、それよりは自分の可能性を見出す機会をいただいたというのが本当のところですね。会社員としてしっかりやらなくてはいけないという思いと、でもこれちょっとつまらないぞという思いを抱えた日々の中で、僕自身の大きなマインドチェンジが起きるきっかけとなりました。自分にも何かできるんじゃないかなと思えました。

 

編:まずは何から始められたんですか?

T:最初は動画でビートボックス講座を配信し始めました。2014年です。YouTubeのシステムでは動画のリアクションが良いと露出を増やしてくれる機能があるんですが、TOMOKINという名前で炎上していたことが幸いして、ビートボックス講座は開始早々、登録数は伸びましたね。はじめて1年足らずで1万人の登録者数となりました。

 

編:まさに怪我の功名ですね!会社員を続けながらの動画撮影は大変だったのではないですか?
T
:ほぼ毎日動画をアップしていましたので、大変でしたね。会社から帰宅してから1-2時間で動画撮影・編集してアップロード。睡眠をとってまた出社する。という生活を続けていました。

 「ふと思うこと」を戦略を立てて実行・実現してきた

編:毎日違う内容を提供するのも大変ではないですか。

T:そうなんですよ、だからいわゆる「ネタ切れ」という問題にも直面しました。ビートボックスという括りの中で、1年間毎日配信していると、似たような内容の配信がどうしても出てきてしまって。視聴者の方にもそれはわかりますから、2年目に登録者数が減少するという事態に直面しました。

 

編:そんなことが起きるんですね!

T:もちろん視聴回数も減りましたしね。当初はHIKAKINさんのパクりだとネガティブな批判になっていた部分も実は僕自身にはメリットといえるんです。そういう誹謗中傷する方達も、裏を返せば新規視聴者ですから。そういう方が日々僕のチャンネルを訪問し、TOMOKINとは何者なのかと視聴してくれる。

 

編:なるほど。YouTuberTOMOKINとしての認知が進んでいったために起きるジレンマともいえますね。

T:認知されるにつれ、皮肉なことに新規流入が減り、新規の視聴回数が減っていく。YouTuberとしてのTOMOKIN自身が発信するコンテンツの独創性やオリジナリティを求められるようになっていきました。

(2日目に続く)

 

TOMOKINさん プロフィール

1988年生 兵庫県出身 関西学院大学法学部卒、大手企業入社(至現在)

サンフランシスコ駐在中にTEDトークへ出演。

AIエンジニア/YouTube(22万人登録者)

TikTok 41万人フォロワー

【出演】

Abema TV「スピワ月曜theNight」「AbemaPrime」

関テレ「桃色つるべ」「ジャニ勉」

ニコニコ超会議など  

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