『FINAL FANTASY』シリーズをはじめ、多数の名曲を生み出してきたスゴい人!

今週のスゴい人は

FAINAL FANTASY』シリーズをはじめ、多数の名曲を生み出してきたスゴい人!株式会社DOG EAR RECORDS 植松伸夫様です。

令和リニューアル記念4日連続インタビュー

DAY1

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日刊スゴい人編集部(以下「編集部」):

前回のインタビュー(20178月)から、2年ぶりとなりました。今回はより掘り下げたお話を伺えれば、と思います。よろしくお願い致します!

植松伸夫氏(以下「植松氏」):よろしくお願いします。

 

編集部:まずは音楽を志したきっかけを。音楽との出会いは小学生の頃でしたよね?

植松氏:子供の頃は運動ばっかりやっていましたね。器械体操っていったら大げさですけど、どうやったらバク転・バク宙ができるかって自分なりに考えて。

マットを敷いて毎日練習して、できるようになったんですね。それで僕は運動系はイケるなぁと。頭は悪いけど「オリンピックの体操選手かプロレスラーはイケるなぁ、この2つは堅いなぁ」くらいに思ってたんですよ、子供の頃(笑)

 

編集部:音楽への興味はその頃は無かったんですね。

植松氏:音楽は全然でした。でも小学4年生の時に、ピアノをやっていたウチの姉ちゃんに「ウィーン少年合唱団」の公演に連れてってもらって。それが初めての衝撃で、

音楽って美しいって。でも男が「美しい」って口にするのは非常に恥ずかしいというか何ですかね、時代的なものなのか地域的なものなのか分からないですけど、

「男は音楽やっちゃいけない、興味を持っちゃいけない」って自分の中で思い込んでいたんですね。でもウィーン少年合唱団を聞いたら、理由もなく涙がダーッと流れてくる訳です。「これはなんだろう」って、まずはそれですよね。

 

編集部:それがきっかけで音楽に興味が向かわれたんですね。

植松氏:そうですね、家にあったクラシックのレコードを片っ端から聴いたりはしてました。レコードって溝に針を落としたら音が出るじゃないですか。

それが面白くて、興味本位で聴いているうちに好きになったんですけど。そのときは別に音楽やろうって気は一切おきなかった。小学6年生の頃ラジオに興味をもって、ずっと聞いていました。それも音楽というより、チューニングがピタッと合う瞬間とか、機械が面白かったんですけど(笑) それで深夜放送を聞き始めて、もうホントのポピュラー音楽ですね。ひたすら洋楽ばっかりかけている番組とか。

 

編集部:聴いているだけで満足されていたんですか。

植松氏:そうです。でもロックとかポップスとか3分くらいのね、ヒット曲を聞くようになって、そこでガラッと、クラシックとかは全然まあ無理だろうけど、

これはおれにもできるんじゃないかって(笑) ちょうどその頃に祖父からガット・ギターを貰って、歌本見ながらコードを覚えてね。コードを弾いてればバンドが

できると知って、これはもうおれのもんだと思いましたね。音楽ちょろいって思いました(笑)

 

編集部:その頃から作曲も始められたんですよね。

植松氏:ある日「ピアノでもコードって存在するんじゃないか」と、ギターコードを弾く要領でピアノを弾いてみたんです。そしたら、弾けちゃった。知らなかっただけで、当然存在するんですけど(笑) 作曲ってメロディを作って紡げば良いんですよ。「今日朝起きた、朝ご飯にパンを食べた、目玉焼きも食べた」っていうのと同じ。始めに「朝起きた」っていうのがあれば、その次に何を言うかってのを紡いでくだけ。そんなに難しいことじゃないんです。ポピュラーはそれで良いんですよ。クラシックはもっと長編小説みたいな作りなんで、それじゃ駄目なんですけど。

 

編集部:やっぱり作りが全然違うんですね。

植松氏:

そうですね。重層的というか、始めに難しいことを言っといて、何故それがあったかっていうのが後でオチで分かるみたいな。それは自分にはできないと思ったんですけど。「今日朝起きた、ウインナーは美味しかった」ぐらいだったら、と思って(笑) コードを覚えてやってみたら、もう直ぐにできるんで、これは自分のものにするしかないって感じで(笑) でもね、さっきも言ったように男が音楽をやっちゃいけないって思いはずっとあったんで、僕が姉ちゃんのピアノを弾く時っていうのは家族が居ない時なんですよ。皆がいなくなってから、よし今だって。

 

編集部:確かに我々が子供の頃には「ピアノを習っている男の子」って、余り居なかったし、「えっ」っていう感じがあったかもしれませんね。

植松氏:照れくさいっていうか「音楽が好き」っていうのもあんまり周りにも知られたくなかったよね。ラッキーなのはロックが流行ったんですよ。ロックなら男もやっていいって感じで。ドラム買ったヤツがいて、ベース買ったヤツがいて、そういうのが集まって、友達の家の車庫とかでガシャガシャ音を出しはじめたのが、中3ぐらいでしょうかね。そこら辺から自然にね。ロックもっと簡単じゃん。「サイモン&ガーファンクル」コードが8つ位出てくるけど、ロックンロールは3つでいいじゃん(笑) そりゃあ不良も「キャロル」できるわ〜って感じですよね(笑)

 

編集部:そこから音楽にのめり込んでいくんですか。

植松氏:それでもピアノを弾くのは家族のいない時に限られてたんで。でも、あれって「家に家族が居ない」っていうその短い瞬間を狙ってやるから、すごく身についたと思うんです。ですからピアノ触ってる時間は短く限られていたんですけど。そう、そのとき既に音楽家になろうと思ってた。

 

編集部:隠しながらも音楽を続けている時に、既に志が芽生えていたんですね。

植松氏:ピアノをやってる人達って小さい頃からずっとやってるじゃないですか。僕が始めたのって134歳くらいなんで、今から楽器やったって追いつかないなぁ、と思って。その代わり「誰よりも音楽を知っている人間になろう」と考えて、ずうっと知らない音楽を漁るようになったんですよ。ラジオの番組欄で、何時からクラシックとか、何時から民族音楽とか、ジャズとか、調べて。知らない音楽は兎に角片っ端から録音して、慣れるまで聴いた。それを続けてると、どんな音楽でも面白いんだって気づいて。それで更にハマっていった感じですね。

 

編集部:歌謡曲なんかも聴かれたんでしょうか。

植松氏:歌謡曲とか民謡、演歌なんかは一切シャットアウトしてたんですよ。それも戦略で。これはもう、聴かなくても僕は持ってると思ったんで。TVで歌謡番組とか流れてきたらチャンネル変えたもん。慣れたら嫌だと思って。必要以上にその血を濃くしたくないというか、知らない国の音楽で埋めたくて。

 

編集部:当時聴かれた「知らない音楽」で印象に残っているものはありますか?

植松氏:

ビックリしたのは沖縄音階ですかね。僕らが中学生の頃ってまだ沖縄はアメリカだったんで。左側通行だし、パスポートが必要だったし、今ほど沖縄のことって入ってこなかったんですよ。海洋博覧会が開催されて、一気に沖縄の文化が本土に来たんだよね。その時沖縄の音楽も入ってきて、「えっ!? 日本でしょ?? 全然違うじゃん、音階…なんで?」って辺りから余計に民族音楽に興味が湧いてくる訳です。そうすると、どうやら日本の音階は大陸から渡ってきたんだけど、沖縄は海から渡ってきてるんで、インドネシアの音階と一緒なんですよね。そういうのが分かってくると、「いやぁ〜音楽って、何よ〜」っていうね。

インタビュー:アレス ライター:Wahsy

<明日へ続く>

◆プロフィール:

植松 伸夫(うえまつ のぶお) 作曲家

有限会社スマイルプリーズ代表

株式会社ドッグイヤー・レコーズ代表取締役会長

「ファイナルファンタジー」シリーズをはじめ、数多くのゲーム音楽を手がける。

「ファイナルファンタジー VIII」のテーマ曲「Eyes On Me」は1999年度 第14回日本ゴールドディスク大賞でゲーム音楽としては初の快挙となる「ソング・オブ・ザ・イヤー(洋楽部門)」を受賞。海外での評判も高く、「Time」誌の“Time 100: The Next Wave – Music”や「Newsweek」誌世界が尊敬する日本人100の一人に選出される。

近年では日本国内をはじめ世界各国でオーケストラコンサートや自身のバンド“EARTHBOUND PAPAS”によるライブイベントを開催。

 

◆植松伸夫公式ファンクラブ「中位のおっさん」

http://www.uematsufc.com/

◆株式会社DOG EAR RECORDS

http://www.dogearrecords.com/

 

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