築地トップクラスの仲買人!最高のふぐを提供し続けるスゴい人!

お兄ちゃんと共に生きる覚悟

誰もやらないことをやってみた

美味しいフグを食べてもらう為の見えない努力

「僕の仕事の喜び・使命は、美味しいふぐを食べて幸福になってもらうこと!」とビッグスマイルで話す、本日のスゴい人。
従来の築地の仲買人の仕事の常識を覆す、誰もしなかったことを行い、築地トップクラスのふぐの仲買人として知られる。
「今日のふぐ、すごく美味しいけど、どこ産?」「“串田”産です!」と言われるまでに上り詰めた。
波乱万丈な日々から、将来を考えるようになった彼の生き様を見てみよう。

さあ…
尾坪水産株式会社
常務取締役 営業部長 串田 晃一様の登場です!

家族思いのヤンキー

台東区の三ノ輪という地域で生まれました。
中学2年くらいからハングリー精神が芽生えて。
年齢を偽り、引越し業者、ガソリンスタンドなどのアルバイトをしていました。
高校入学後すぐに退学になり、バイクを乗り回す日々。
警察にマイクで「串田―――!!!」と呼ばれることもしばしば(笑)
いろんな悪さをしていましたが、両親は決して僕を否定せずにいてくれました。
警察に補導された時、いつもは母が迎えに来るんですが、一度、殺されると思うほど怖い父がバイクで迎えに来て…。
ビクビクして後ろのシートに乗った時に言われた「こんなのやっていても面白くないだろ。これは間違いだからな。夢中になれる面白い事を見つけろよ」という言葉は心に刻まれました。

築地との出会いは高時給

時給の良いアルバイトを探していると、築地が1300円だったのです。
朝早いけど行ってみようと、金髪オールバック、白ジャージにピアスを10個くらいつけて行ってみたら「どこの奴だ!」って怖い大人達に囲まれて(笑)
怖い所に来ちゃったと思っていたのですが、今までと少し違ったんです。
今までは学校でもバイト先でも大人から否定されていたのですが、築地では見学に行っただけなのに「そんなところに立ってねえでちょっと手伝え!」と言われ、その日からアルバイトとして受け入れてもらい、翌日から働き始めたのです。

お兄ちゃんと共に生きる覚悟

バイト先にいた5つ上の先輩が本当の兄みたいに面倒を見てくれ、そのお兄ちゃんに会いに行くのもバイト先に行く楽しみにしなっていました。
お兄ちゃんはバイク通勤だったのですが、バイクの運転が下手すぎてよく僕が後ろに乗せて教えていたんです。
働き始めて3年程経ち、僕が19歳の年の11月。
お兄ちゃんは通勤時にバイク事故で即死してしまったんです。
身近な人の死は人生初で震えも涙も止まらなかったです。
お兄ちゃんは社長の右腕だったのですが「お前も片づけと朝の準備ぐらい出来るだろ。俺の手伝いをしろ」って半人前の自分を社長は側においてくれたのです。
1週間くらいは仕事中も涙が止まらなかったのですが「兄ちゃんも半人前だったし、兄ちゃんは俺の中で生きているという証のためにも、僕が2人分頑張れば1人前になれるだろう!」と真面目に仕事に取り組む覚悟をしました。
翌日、髪は黒く染めてピアスも外し、ビシッとした格好で仕事場に行きました。

社長の愛情

ふぐを仕入れに行っても「社長がいるからおめえに売ってやるんだぞ!」とよく言われ悔しい思いを我慢しながら、今に見てろよ!と思っていました。
社長は築地の中でも有名なくらいおっかないのですが(笑)
大人になってこんなに本気で叱られるのは初めてだ!という毎日。
今までの大人は僕のことを腫れ物に触れる感じで扱っていたのですが、社長は蹴るわ殴るわで(笑)
でも、裏には強烈な愛情があるのを感じるんです。
やりたい事も特になく、厳しいことから逃げていた僕が仕事に一生懸命取り組めるようになったのは社長のご指導のお陰なのです。
社長の愛情があったお陰で辛い事も幾度も乗り越えられました。

初めてした猛勉強

今まで学校にもろくに行ってないし、勉強なんてしたことがない。
でもふぐの免許がどうしても欲しい!と猛勉強し、人生初の勉強でしたが、結果は満点でした!
免許は取れたものの社長は常に忙しく、見て学べ!というスタイルだったのでどう売って良いかも分からず、適当に売っていたらクレームも沢山頂きました(笑)
知らない事は素直に教えてもらおうと思い、卸し先のお店に頭を下げて調理場に入れてもらい、ふぐ刺しの引き方を教えてもらったりしました。
「今恥を忍んで聞くことは良いことだ!たくさん聞け!10年後に聞いたら馬鹿にされるぞ!」とみんな優しく教えてくれたのです。

誰もやらないことをやってみた

築地には5人(5社)フグを扱う責任者がいて、その方が全国の漁港と繋がっているのです。
僕ら仲買人はその5人(5社)からフグを仕入れて販売するのですが、5年後、10年後を想像して、単に仕入れたフグを販売している先に明るい未来を感じられませんでした。
そんな矢先に東日本大震災が発生し、売上が激落ちしたんです。
どうにかしないと!と思い、フグの水揚げ現場でもある下関に飛びました。
加工場から冷蔵庫まで全て見せてもらい、勉強させてもらいました。
東京に戻り全国のフグを生きたまま仕入れ、車で寝泊まりしながら何百本もおろしてみたんです。
すると土地柄や海の深さなどによるフグの違いが、手に取るように見えてきたんです。
その違いをお客様と一緒に試食し、信頼関係も同時に構築されていきました。

美味しいフグを食べてもらう為の見えない努力

ある日、同じ場所でとれたのに身の違いがあることに気づいて、漁師さんに直接問い合わせてみたのです。
すると、たくさん水揚げされたので、価格を落とさないため現地の水槽で生かして少しずつ出荷しているとのことでした。
なるほど!と背景が理解できました。
ただ、水槽に入れてもフグの鮮度は落ちてしまうのです。
大切なのは水揚げされたらすぐに捌くことなんです。
水槽で確かに生きていますが、鮮度は落ちていくのです。
値は叩かないから、捕れた分だけ送って欲しいと漁師さんに伝えました。
鮮度が落ちている事に誰も気付かないフグをお客様が食べてしまい「美味しくない」と思ってしまっては元も子もないのです。
大量に仕入れても、築き上げた信用の下「美味しいふぐが入りました」と取引先に電話して値崩れを落とさず流通させることが僕の責任です。
そして、お客様はそれに見合った対価を支払ってくれます。
流通側の都合で鮮度を落とさず、プラスの連携を取ることで綺麗な連鎖が生まれるのです。
今はほぼ全国で理解して頂き、状態の良いフグが流通するようになりました。
弊社だけが良いフグを仕入れるのではなく、全国の漁師さん、加工業者さん、提供する料理人さん皆が手を組むことでお客様に美味しいフグを提供でき、やっと皆が潤うことができるのです。

フグから学ぶ人生観

フグはやはり他の魚とは違う幸福を呼ぶ魚なのだと痛切に感じます。
だからフグを通じで出会った人たちは僕に福を呼ぶ大切な人たちです。
素敵に生きていると素敵な人が集まってくるし、雑に生きていると雑な人が集まってきました(笑)
これからもフグが繋いでくれる素敵なご縁を楽しみに「串田産」のフグを広めていきます。

取材を終えて

やんちゃ具合も相当だと思うが、全てを包み込むお母様の愛情は素晴らしい!
どんなにやんちゃをしていても、良い事も悪いことも必ずお母様に話していたという。
弟さんも、やんちゃだけど家族思いの兄の背中を見ていたのだろう。
弟さんも同じ水産系の仕事に就いているという。
何度も「社長のお陰なんです」と口にされていた事から語り尽くせない程に社長との出逢いに感謝されている気持ちが伝わってきた。
取材中、提供してくれた串田産のフグ。その桁違いの美味しさに驚いた!
薄く捌くのではなく、厚めに捌いて1枚ずつ食べるのだが、何も付けなくても味わいがずっと口の中に広がっている。
どこのお店に卸しているかは言えないのだが、もしフグを食べに行かれた際は「串田産ですか?」と聞いてもらいたい。

プロフィール

串田 晃一(くしだ・こういち)
尾坪水産株式会社 常務取締役 営業部長 

【尾坪水産株式会社 フグ担当者から一言】
天然のフグから養殖のフグまで幅広く扱っております。
尾坪水産に来て頂ければフグで悩むことはありません! 近年養殖のフグは技術も向上して安定供給していますが、天然物は日々の天候に左右されますので全国各地から、時には海外からも取り寄せてお客様に最高のフグを提供できるように常に心がけております。

◆尾坪水産株式会社 http://www.otubo.co.jp

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