少年時代からの癖
半信半疑で飛び込む
「ヒト・モノ・カネ」から「ヒト・ヒト・ヒト」へ
本日登場する人は、インターネットを使ってシニア向けに、相続やお墓といった終活に特化した日本初の終活ポータルサイトを立ち上げたスゴい人。
日本は高齢化社会を迎え、人口の25%以上が65歳以上の高齢者で、2060年には10人に4人が高齢者となる。(国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集2014年版」より)
高齢者が持つ問題や課題、夢や自己実現のマーケットに大きな可能性を感じる一方で、難しさもあったと言う。
現在では、3000万PVを越えるシェア1位の終活ポータルサイトとなっているが、ここに至るまでには様々な苦難があった。
さて、業界のトップとなった裏にはどのようなストーリーがあったのだろうか。
さあ…
株式会社鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝様の登場です!
少年時代からの癖
小学6年生の卒業文集で、担任の先生からのひとことコメントに私のことを“あまのじゃく”と書いてありました。
みんながこっちを向いている時に、一人だけあっち向いている子で、小さい頃から物事を疑い、考えることが好きでした。
まだ九九を習ってない時に4×4=16という式を、足し算で出せることに気づき、母親からこの子は天才かもと勘違いされたこともありました。
何かあるとそれがどんな意味か、出来事の背景を考えていました。
今では、そんな子ども時代からしている“考えること”が癖となり、他人が話している内容が気になって1個1個を考えているうちに、次の話題に入ってしまうので、私は議事録を書くのが苦手なのです。
半信半疑で飛び込む
鎌倉新書は父が始めた出版社で、従来の仏教の本だけだとなかなか売れませんでした。
ある時私は、お客様は本が欲しいのではなく、本に書いてある内容が欲しいのだと気付いたのです。
そして、我々のビジネスを情報加工業として定義づけし、セミナーやコンサルティングを始めました。
ちょうどその頃、ネットが普及した時期でもあったので、終活=ネットという新たな伝え方のためにネット商売の勉強会にもよく行き、勉強しました。
しかし、サイトを作ったは良いけれど、鳴かず飛ばず。
2000年初頭、ネットビジネスが脚光を浴び、勉強会仲間の中にも成功する人が出てきた一方で、私は売り上げゼロ。
安定した職を捨て、転職して命がけで成功しようとする仲間と、ネットが“おいしい”としか思っていなかった私とでは、心構えが違いました。
方向性の違いで辞めていく社員とその苦悩
幸いなことに私は出版の利益をネットビジネスに投入できたので、売り上げが上がらなくても危機感や恐怖心がありませんでした。
ポータルサイトの利用者がまだ少ないのに、インターネットに詳しい社員も採用していきました。
彼らは毎日パソコンを使って仕事をし、定時には帰る。
終電ギリギリまで働いている出版を担当する社員がその姿を見て、「何をやっているんだ?」と思ったようで、私が出張でいない間に揉め事になったこともありました。
それでも、自信はないけれどうまくいくと思っていた私は、ポータルサイトを進めていきました。
その結果、出版の社員は五月雨式に全員辞めてしまいました。
中核の人たちが辞めた時はつらい時期でしたね。
終活に目を向けて
終活については2つのことを感じていました。
1つ目は、日本は世界一の高齢社会を迎え、様々な問題解決に対する大きな可能性があること。
2つ目は難しさでした。
高齢者の方々は、医療や介護、相続をどうするかという問題があります。
そのような問題は、必要性があるのだけどワクワクする話ではないので、「そのうちやろうね」と先延ばしにしてしまうことが多いのです。
マーケットは大きいけれど、簡単ではなかったです。
続けることでやっと
立ち上げて数年は赤字が続きました。
ポータルサイトは早いもので2000年くらいからやっていましたが、初めはしきたりやマナーのみで、まったくビジネスになりませんでした。
しかしある時、サイトを見て危篤のお父様の相談でお電話をくれたお客様がいて、葬儀場とのマッチングをさせていただきました。
このことがきっかけで、こうした情報提供のビジネスモデルができあがりました。
そして、徐々にやっていることに対して、確信が持てるようになりました。
それから電話が少しずつかかってくるようになり、専用電話を作って私も対応しながら、徐々にユーザーが増えたことで、我々と組んでくれる事業者も増えていきました。
多様化する現代
人が亡くなることを真ん中としたら、前後には相続など問題や課題はたくさんあります。それに対して、インターネットという情報技術を活用したビジネスを広げることを目指しています。
お客様の反応で印象に残っているのは、「一度も会ったこともないお坊さんにお経をあげてもらっても嬉しくない。お葬式にお坊さんは要るの?」と言われたことですね。
現代人は、信仰心がないと言われますが、違うのです。
今は、昔のように農林水産や一次産業が主だった頃、その地で一生を終える時代とは異なり、産業も職業も多様化し、環境が変わっただけなのです。
その中で葬儀やお墓のあり方が多様化することも当たり前で、自由なやり方も推奨する事が我々の役目ですね。
ネットビジネスは業界ごとのチャンピオン争いです。
中途半端ではいけない、2度目の敗戦はしたくないと感じて頑張ったのが今に繋がっています。
多くの人は、出だしの頃は半信半疑です。
しかしそこで指をくわえているといつまでも羽ばたかない。
成功する人は皆が半信半疑の時に信じ込み、走り続けた人ですね。
「ヒト・モノ・カネ」から「ヒト・ヒト・ヒト」へ
私は幸運だったのでしょう。
たまたま父が仏教書の出版をしていて、横にニッチだけど巨大なマーケットがあって。
当時は冴えないと思っていたのですが、ネットを考える人もいない領域でしたから。
もし大きい同業他社がいたら、私たちの取り分はほとんどなかったと思います。
今のメンバーが集まっていることも幸運ですね。
後は上手くいったことをどうとらえるか、何をするかですね。
会社としてその時々の行き当たりばったりからシニア×ITという良いポジショニングができました。
今のままで終わらせず、シニアの方の問題解決や自己実現のお手伝いをしていきたいです。
そして、上場したので仲間を増やしていきたいですね。
実現のためには結局は人、どんな人が事業をやるか。
テクノロジーの能力がある人が1万倍の富を作る社会になっています。
教育とコンピューターがこの時代を作った今、経営者としては、このような人たちをどれだけ集められるかが問われるし、今は“ヒトモノカネ”から“ヒトヒトヒト”の時代ですね。
そのためには、環境や待遇作りが重要だと思います。
若者に向けて
一番安定していた職がバブル崩壊と共に消えて行き、テクノロジーの変化が激しい時代。
企業の寿命が短くなり、定年は長くなった時代で企業に依存することはできません。
若いうちこそ、自分で時間をかけて無理をして、やってきたことを突き詰めて、武器を作ることが大切だと思います。
人生何が起こるかわからないので、その武器によって選択できる道を増やしていってほしいです。
取材を終えて・・・
様々な質問に対して、飾らず正直にお答えくださった清水さんは、とても謙虚で素直でまっすぐな印象を持ちました。
“従業員も経営者感覚を持つことが大切”とおっしゃっていました。
その意味として、確かにその方が、会社がより良くなるし、強くなることは、私自身も理解できていたのですが、それだけなく従業員自身が“未来に対して、自分の武器を作ることで、人生の選択肢が広がる”と教えてくださいました。
そのような考えで従業員をまとめてらっしゃる清水さんは、これからも益々活躍の場を広めていくことと、取材を通じて確信しました。
ご協力いただき、ありがとうございました。
プロフィール
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社 清水 祐孝
1963年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学を卒業後、証券会社勤務を経て1990年父親の経営する株式会社鎌倉新書に入社。
同社を仏教書から、葬儀や墓石、宗教用具等の業界へ向けた出版社へと転換。さらに「出版業」を「情報加工業」と定義付け、セミナーやコンサルティング、さらにはインターネットサービスへと事業を転換させた。
現在「いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」「遺産相続なび」「看取り.com」など終活関連のさまざまなポータルサイトを運営し、高齢者の課題解決へ向けたサービスを提供している。
◆鎌倉新書 https://www.kamakura-net.co.jp/
◆いい葬儀 http://www.e-sogi.com/
◆いいお墓 https://www.e-ohaka.com/
◆いい仏壇 http://www.e-butsudan.com/
◆新しいカタチのお別れ会「Story」 https://e-stories.jp/
◆新しいカタチのお別れ会「Story」 https://www.youtube.com/watch?v=Hvh9_aUnWw4