老年層専門の遺影写真館を日本で初めて立ち上げたスゴイ人!

スタイリストの現実と父の死

創業時の苦難、支えになった仲間と妻

会社が完全協力!目標は言葉にする

本日登場するスゴい人は、高齢者に人気の町である巣鴨で、遺影写真を専門に取り扱う写真館を日本で初めて設立した人物!
立ち上げから1年間は、ほぼ無収入。
苦難を脱し、現在では各メディアで注目を集めているが、ここに至るまでには大きな目標を追いかけ続けた執念があった。

さあ…
株式会社サンクリエーション 代表取締役
太田 明良様の登場です!

荒れる家庭環境

育った家庭は決して裕福ではありませんでした。
父はしょっちゅうお酒を飲んでは暴れていたので 、“昭和のお父さん”という印象が強いですね。
のちに両親は離婚しました。
鮮明には覚えてはいないんですが、周りにすごく気を遣っていたように思います。
親に心配をかけたくないという理由から、片親であることを隠し、いじめられないように“活発な子”を演じていたんです。
当時は将来の夢も全くなかったです。
カッコいいことやりたい、注目されたいといった安易な考えでスタイリストを目指すことにしました。

スタイリストの現実と父の死

憧れていたスタイリストの夢は叶いました。
ですが、実際やってみて気づいたことは、あまり自分に向いていなかったということです。自分の服を選ぶことは楽しいけれど、他人の服を選ぶことは苦手だったんです。
さらに、仕事を続けることに不安を覚えるようにもなりました。
スタイリストのほとんどは個人事業主であるうえ、職業の性質上、年齢を重ねるごとに仕事を取るのが困難になります。
すると、仕事を受けることに必死になってしまい、本当に自分がやりたかったことができなくなっていくのです。
実際にそんな人が、私の周囲には多くいました。
もちろん皆が皆、自分のやりたい仕事ができるわけではないんでしょうけど、自分はそこに息苦しさを感じていました。
そんな中、自分が25歳の時、父から突然電話がかかってきました。
父と私はずっと険悪な関係でしたが、その時の父はなぜか優しくて。
不思議なんですが、声を聞いているうちに「この人はもう、明日にはいないんだ」と直感しました。
その直感が現実となり、翌日、父は亡くなってしまいました。
亡くなった父の顔を見たとき、「父は人生を全うできたのか」という疑問が浮かび、いま自分にできることは何だろうと考えました。
険悪な仲ではありましたが、父に認められたい、喜んでもらいたいという気持ちは強かったんです。
父は、経営者を目指そうとして努力を重ねたものの、失敗に終わったという過去があります。
私が起業したのも、経営者として成功することで父に認められる、喜んでもらえる、そんな気がしたからです。
ちょうどスタイリスト業で悩んでいたこともあったので、父の死が起業を目指すきっかけとなりました。

同志3人の絶対的信頼と距離感

33歳までに会社を辞めて独立する。
父が亡くなったあとはこれを人生の目標に掲げていました。
2014年に念願の会社を立ち上げ、シニア向けの写真館、「えがお写真館」の営業を開始しました。
創業時のスタッフは、スタイリスト時代の仲間であったカメラマンとヘアメイクに、私を含む3人だけでした。
2人とは家族よりも一緒にいる時間が長いこともあり、仕事上では100%信頼しています。
だからと言って「仲がいい」とは言えないんですよね(笑)
6年間一緒にいますが、3人で食事に行ったのはたったの一度きりで、お互いのプライベートには一切踏み込まないんです。

創業時の苦難、支えになった仲間と妻

会社設立時の目標は「1番になる」でした。
どうすればなれるか考えた結果、斜陽産業のニッチな分野で勝負をすれば大企業にも勝てるのではないかと思い、現在のシニア専用写真館を設けました。
しかし最初の1年間は全く利益がなく、死ぬ思いでした。
仕事が全く入らず、毎日電話や営業をしては断られ、精神的に参っていました。
「会社を潰し借金をかかえるかもしれない」とつい弱音を吐いてしまったことがありました。
それを聞いた妻は「たかがお金でしょ、また稼げばいいじゃん」と言ってくれました。その一言で随分と気が楽になったのを覚えています。また、2人の仲間が居てくれたことも、大きな心の支えになりました。
当時は広告を作る余裕も無かったので、街で声を掛けたり、大企業やテレビ番組に電話をかけたりするなど、思いつくことは何でもやりました。

「会社のため」から「人に喜んで頂くため」に

苦難の日々が続いたある日、街でのお声掛けが功を奏しました。
とあるお客様が口頭で「行くよ」とおっしゃったんです。
後日、初めてのお客様としてご予約を頂きました。
当日は全員が店先でお出迎えをしました。
本当に嬉しかったので、その日のことを鮮明に覚えています。
その後、フジテレビの番組「バイキング」で特集を組んで頂き、放送を観た人に徐々に来ていただけるようになりました。
それからは、会社の売上よりも「人に喜んで頂く」ということを最重要視しています。
そうすることで結果的に利益に繋がる、必ず何かの形で返ってくるということが分かったんです。

会社が完全協力!目標は言葉にする

会社では、社員それぞれが自身の目標のために仕事をできる環境を作っています。
社員ひとりひとりが何かしらの大きな目標を掲げているんです。
毎年、全社員の1年後の目標と、老後のビジョンを必ず聞くようにしています。
小さい目標は受け入れません。
個々の高い目標設定がすごく大切であり、それを言葉にしないと目標は具現化できないのです。
例えば、スタイリストである弊社の赤坂は、実際に「テレビに出たい」「本を出したい」と目標を掲げ、言葉にし、実現させています。
発言することで周囲の意識がその目標に向きます。
現在の僕の目標は「上場すること」なんですが、やはり周りがその目標に向けて寄ってくるので、10年後には上場していると確信を持っています。

「終活」の実態

実際にシニア層と触れあっていると、「終活」という言葉が先走ってしまい、メインユーザーであるはずの層がついていけていない印象を持っています。
終活とは実際、何を行うものか焦点が定まっていないですよね。
具体的な商品やサービスを与えるスタイルを確立すれば、もっと終活が広がっていくのではないかと考えています。
写真を撮りにいらっしゃるお客様は、終活という意識は無く、単純に記念写真や遺影写真の撮影としていらしています。
終活を積極的に行うシニアの方々は、自分のためはもちろんですが、何よりも残される家族のためを思って行う方がほとんどだと思います。

若者は「自己演出」すること

若いスタッフにはよく言いますが、責任を請け負うことを自分に課して欲しいです。
今の若い人たちを見ていると、他人に頼ることが多い印象があります。
自己演出することが大切です。
自分をよく見せるための努力をし、気に入ってもらうことで上の人に引っ張ってもらえれば、目標達成に繋がりやすいと思います。
目標がない人は、死ぬほど働いたほうが良いと思います。
東大卒業のエリートと高卒では、努力した土台が違いますよね。
必死に働くことで新たな目標が見えてくるものだと思います。

取材を終えて

とても物腰が柔らかく優しさが溢れる方でした。
お客様に喜ばれるサービスを提供する、えがお写真館を運営するにあたり、私利私欲の為ではなく、喜んでいただくという“志が同じ”社員を採用し、大切にされていました。
それにより、ぶれない経営方針とお客様から必要とされるという結果を出せているのでしょう。
今回の取材により、太田さんの人柄、魅力を深く知ることができました。ありがとうございました。

プロフィール

2014年株式会社サンクリエーション設立と同時期にシニア世代専門のえがお写真館を開設。
「予約の取れない写真館」として数多くのメディアに取り上げられる。
2017年にはシニア世代専門の美容室「えがお美容室」を開設。

◆えがお写真館HP http://www.egao-shashinkan.jp
◆えがお美容室HP http://egao-salon.jp

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