1000曲以上にのぼる数多くの名曲に言葉を添えてきたスゴい作詞家

中学時代から言葉と音楽に親しむ

周囲のイメージとのギャップに苦しんだ時期

未来は自分の意志で変えられる

“残酷な天使のように 少年よ 神話になれ”
かつて社会現象ともなったアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌「残酷な天使のテーゼ」冒頭部分の一節である。
本日は、この名曲を作詞したスゴい人が登場する。
上記のような独特の感性で紡がれる歌詞は多くのアーティストに愛され、これまで生み出した曲は実に1000曲以上にのぼる。
だが、そんな彼女は、作詞家になる前に12回もの転職を経験したという。

さあ…
作詞家
及川 眠子様の登場です!

「バラの花」にたとえられて

口八丁手八丁、とでも言うのか。
人の言うことを聞かない、むずかしい子でした。
聞き入れはするのですが、「自分は自分」という意識は当時から強く持っていました。
確か小5のころだったか、当時の先生が生徒ひとりひとりを花にたとえて評していましたが、その時の言葉が今なお印象に残っています。
「あなたは本当にバラの花。一本だけで立っている」

中学時代から言葉と音楽に親しむ

本に親しむのは早く、中学生の頃に三島由紀夫などを読んでいました。
その点では早熟だったのだろうと思います。
また、当時流行していた洋楽のフォークソングにも影響を受けています。
こうして、音楽と言葉に関心を持ったことがのちに作詞家になる素地となりました。
「小説を書きたいとは思わないのか」とよく質問されますが、その気はないのです。
なにしろ、小説1冊分の内容を4分の曲の中に収められるのですから。

12回の転職の理由は・・・?

実際に作詞家になったのは25歳。
それまでに、12回の転職を経験しました。
あきっぽい性分なのか、いつも同じように同じことをする、ということがどうしてもできなかったのです。
また、物欲は人一倍強いのですが、反面、モノにも人にもそれほど執着しない性質です。
職業柄、本やCDは捨てられませんが、あくまで資料として取っておく、という感覚です。
ただ、執着しない一方で責任感は強く、日常的なものをはじめ、たいていの約束は守ります。

周囲のイメージとのギャップに苦しんだ時期

作家になるまでに苦労をしたという思いはさほどありませんが、その後のほうが大変でした。
Winkというグループに詞を提供したことで知られたため、「アイドルの及川」とのイメージがついてしまったのです。
本当はもっとアーティスト寄りの仕事をしたい…
そんな思いでいた頃に、ある人からこんな一言をかけられました。
「自分がやりたいことと、世が求めていることは違うものだから」
この一言で、なんとはなしに吹っ切れたように感じ、それからはこのようなイメージにも抵抗を持たなくなりました。

『残酷な天使のテーゼ』誕生

『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌であった「残酷な天使のテーゼ」。
この仕事は、いわば通りすがりにもらったようなものであり、作品の内容もよく知らないまま二時間ほどで歌詞を書き上げた覚えがあります。
そんなふうに気軽に引き受けた仕事でしたが、社会現象とまで言われたほどのアニメ人気に助けられ、この「残酷な天使のテーゼ」も私の代表作に数えられるまでになりました。
今なお、「『エヴァンゲリオン』主題歌を作詞した…」という紹介の仕方をされることも数多いです。
世に名作といわれる作品は数知れずありますが、その多くはこのようにあっさりできてしまったものかもしれません。

“羽化させる”ように作詞する

と、このように言うと簡単に書いているように思われるかもしれませんが、もちろん、何もない状態からそんなに早く書き上げられるわけではありません。
もともと、デビュー前は日記の代わりのようにして一日一篇の詞を書くようにしていました。それが役に立っているのでしょう。
24時間、常に何かしら考え、あらゆる場面においてネタを探しています。
そのネタも、決まった形のあるものとは限らず、多くは「ふわふわ漂っている」としか言えないような掴みどころのないものばかりです。
それをうまくとらえて、思考の中に放り込み、他のアイデアと混ぜ合わせて醸成し、それがあるきっかけで羽化したら、それを詞として形にする。
創作においては、いつもこのプロセスをとっています。
「羽化」するタイミングもまちまちで、数日、数ヶ月、時には数年かかることもあります。

個性とはにじみ出るもの

私の場合、個性と言うのか、自分の持ち味を一番いい形で発揮できる「型」として作詞をやっているのだと思います。
小説は基本的に、どのように書いてもかまいません。書き手に任されています。
それに対し、作詞の場合はメロディの抑揚や音数などにより使う言葉がある程度決まってきます。
その中で、いかに技量を発揮するか、が問われます。
もちろん、職業作家である以上、まずはクライアントの要望や提供先のアーティストのイメージ等を踏まえて作ることが先決であり、そこに作家の個人的な要素が入り込む余地はほとんどないかもしれません。
が、その上でなおもにじみ出てくるもの、それを「個性」と呼ぶのではないでしょうか。

未来は自分の意志で変えられる

この文章をご覧になる皆様の中には、お若い方もいらっしゃることでしょう。
その中には、未来に関して漠然とした不安を抱いている方も少なくないに違いありません。
そんな皆様に、「未来は自分の意志で変えられる」と伝えたいです。
私は、往年のシンガーソングライターの歌を聞いて育ち、音楽に関心を持ちましたが、自分自身は歌にも作曲にも才能があるとは感じられませんでした。
しかし、それでも音楽に携わることをあきらめたくなかったため、作詞家を選び、今に至るまで書き続けてきました。
あきらめることなく、意思を強く持ち継続することが、何事においても大事だと実感しています。
また、私個人を離れて社会一般に目を転じても、同じようなことが言えます。
現在は、世界規模で歴史の大きな転換期のひとつを迎えている、とされています。
環境対策や人工知能の台頭など、問題はいつ果てるとも知れません。
ですが、それは世の中が「変わった」のではなく、私たちひとりひとりの人間がそのように「変えている」のです。
そうである以上、少しでも良い方向に動かすことは必ずできるはずです。
その一方、そうした世を憂い、平和を願い、身近な存在を大切に思う人の心は、時代を問わず変わりません。
そこから、歌も音楽も、さまざまな形を取って生み出されてきます。
歌は人の心を動かし、世の中を変えてきました。そして、これからも変えていくでしょう。
私は、そこに希望を持っています。

愛を紡ぎ、歴史を創る、それが人。
少年よ―明日の神話になれ。

取材を終えて・・・

かつてはWink、そして『残酷な天使のテーゼ』。
1000曲以上にのぼる名曲に言葉を添えてきた作詞家・及川眠子さん。
いったいどんな人なのだろうか、と興味は尽きなかった。
今回、ご自宅にて、直接お話をうかがうことができた。
愛猫2匹が部屋を駆け回る中、リラックスした雰囲気の中で語られたお話は、生い立ちから作詞家としての活動についてはもちろん、個性の問題や教育についての意見など、幅広いテーマに及んだ。
作詞家としてのみならず、作家として幅広い視点で世の動向や人の心の動きをとらえ、それを作品の形に変え続けてきた。
広汎な視点、知識と感性の絶妙な融合、そして飼い猫の存在―
どこか、かの夏目漱石のイメージと重なるのは、きっと私だけではないであろう。

プロフィール

及川眠子(おいかわ ねこ)
和歌山県出身。
1985年、「三菱ミニカマスコットソングコンテスト」受賞作品『パッシング・スルー』(補作詞:秋元康)で作詞家デビュー。
1980年代後半~1990年代前半にかけて、Wink『淋しい熱帯魚』、CoCo『はんぶん不思議』など、アイドルグループの楽曲作詞を数多く担当している。
1994年、『東京』(歌:やしきたかじん)が全日本有線放送大賞・読売テレビ最優秀賞を受賞。
また、1995年の『残酷な天使のテーゼ』(歌:高橋洋子)は、発売後15年後の2011年にJASRAC賞金賞(著作権分配額1位)を受賞した。
そのほか、CMソングやミュージカル曲の作詞も多数手がける。

◆公式サイト「THE AGITATION POINT」
http://www.oikawaneko.com/

◆2016年7月刊行の著作『破婚』新潮社より発売中
http://www.shinchosha.co.jp/book/350141/

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