国民的RPG「ドラゴンクエスト」の漫画化を手がけたスゴい人!
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一人で絵を描き続けた幼少期

のちの大物漫画家との出会いが大きな転機に!

大変な仕事をやり遂げられた原動力とは…

『ドラゴンクエスト ロトの紋章』
言わずと知れた国民的RPGゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズの世界を舞台にした漫画作品である。
本日は、この『ロトの紋章』を手がけたスゴい人が登場する。
その画力は、才能ひしめく漫画界においても随一の水準を誇ると言われ、自ら漫画の画法を指南するハウツー本を著してもいる。
また『帝都物語』『精霊の守り人』など、人気小説の漫画化においても定評がある。
そんな彼のルーツから仕事に対する姿勢まで迫ってみよう。

さあ…
漫画家
藤原 カムイ様の登場です!

一人で絵を描き続けた幼少期

家は和菓子屋。それも駅前の、人通りの多い場所。
店は忙しく、子どもにまで目が行き届かない。
そんな環境に生まれ育った僕には、ひとり遊びに没頭する素地は十分にあったと言えます。
店は飲食店も兼ねていて、座席の下には漫画雑誌が常備されていました。
すぐ隣は貸本屋であり、白土三平先生の『サスケ』をいただいて繰り返し読んでいました。
こういったものを教科書として、店の奥、誰の目も届かないようなところで、ひとり熱心に絵を描いていました。

「オタク」第一世代

少年時代をすごした60年代はまだ町の開発も進まず、あちこちに死角となるような場所が残っていました。
もちろん、生家である和菓子屋の奥の部屋もそのひとつです。
また、児童誘拐のような事件もごく普通に起こっていた頃であり、日常に風穴を開けるような異質な物事の存在を常に身近に感じていました。
その一方で、テレビ放送も一般に普及し、『鉄腕アトム』などのアニメを通じ当時の最新技術に親しんでいました。
そんな「日常の中の非日常」「来るべき未来」を身近に感じながら成長した僕たちが、のちに「オタク」とよばれる一群の人々を生み出した最初の世代となったのです。

のちの大物漫画家と出会った高校時代

そんな少年がやがて青年期を迎え、高校生になりました。
この頃に、今となっては大物の漫画家として世にその名を馳せる方々との出会いに恵まれ、これが僕の漫画家としての方向性を決定付けることになります。
本郷学園高校デザイン科に進学。
すでに絵を描くことを天職と決めていたのですが、さらに漫画劇画部にも所属しました。
この漫画劇画部の創設者が、のちに『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で知られる秋本治先生であり、また後輩にも『北斗の拳』『花の慶次』の原哲夫先生などがいました。
人間関係において恵まれていたのはもちろんですが、部活で印刷して本を作る技術を知ったのは大きいと思います。自作の出版という欲求が高まったからです。

経験や出会いの先に待っていたものは…

その後も絵に関する勉強や仕事に携わり、一時期出版社に勤めていた頃、偶然訪ねてきた永島慎二先生と出会い、その場で映画に誘われたのには驚きました。
偶然のめぐり合わせ、とはこういうのを言うのでしょう。
その時ご一緒した映画が『フラッシュダンス』だったのですが、こういうものも見られるのか、とちょっと意外に思いました。
が、物語の伏線について熱心に語る永島先生の姿には感動を覚え、どんなものでも真摯に受け止めるその姿勢からは深く学ばせられました。
こうした経験や出会いの先に堀井雄二先生と『ドラゴンクエスト』シリーズが待っていたのです。

代表作「ロトの紋章」の誕生

『ドラゴンクエスト』は、もちろんファミコン時代から楽しんでいました。
ただ、さすがにそれを仕事にするとは想像していませんでした。
とあるきっかけで、エニックス出版社(現スクウェア・エニックス出版社)からお声かけいただいたことから『ロト』の連載が決まり、それからは毎号掲載のたびにたくさんのファンレターが届くのを楽しみにしていました。
これだけの大きな企画だったにもかかわらず、最初から好きなようにやらせてもらえたな、という感触はあります。

大変な仕事をやり遂げられる原動力

漫画家のみならず、作家業は生活のリズムが不安定になりやすいです。
だからこそ、毎日しっかり睡眠をとって仕事をするようにしています。
現在に至るまで、6時間睡眠で執筆する姿勢は変わりません。
ただ、荒俣宏先生の『帝都物語』の漫画化を手がけていた頃は例外で、3日徹夜の後2時間睡眠、さらに3日徹夜というハードさでした。
あれほどの大作小説を担当するという精神的なプレッシャーに加え、それに見合うものを描こうとすれば身体的負担もかなりのものになります。
そんな中でやりとげられたのは、「好きなものを表現したい」という強い欲求があったからこそ、でしょう。
また、作品やキャラクターのアイデアなども積極的に提案し、実現させてきました。
こちらから動かないことには何も始まらない、と身をもって実感しています。

探求は終わらない

60歳を機に、現在のスタジオはたたむつもりでいます。
そのあとは、昔から好きだった宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をまったく新しい技法・アプローチで描く、という構想を持っています。
かつて馴染んだ作品も、時がたてばまた新たな目で見ることができ、それがさらなるヒントやアイデアを生みます。
また、技術革新の恩恵を受け、かつてはできなかった新たな表現も可能になりました。
創作者として、まだまだ試したいことはたくさんあります。
探求が終わることはありませんね。

好きなことをコツコツと追いかけて

漫画家を志し、やり続けられたこと。
そして数多くの才能にめぐり合い、一緒に仕事が出来たこと。
いずれも「自分の好きなこと」をコツコツと追いかけてきたからこそだと思っています。
もちろん、実際には言葉で言うほど簡単なことではありません。
ですが、自分が心を惹かれる方向に向かっていけば、必ず出会うべき人に出会いますし、それにふさわしいことも起こり始めます。
好奇心で探し、直感で見つけ出し、そして勇気を持って貫いてほしいです。

取材を終えて・・・

漫画家の舞台裏。
そのルーツから作品作りまで、気になる方はきっと多いに違いない。
滅多に見ることができないそんな舞台裏を、今回ほんの少しだけ垣間見ることができた。
漫画家としてのルーツには、子ども時代の生い立ちや経験。
世を熱狂させる作品作りには、不断の研鑽と探求。
そして、「好きなものを表現する」という、シンプルにして強い動機。
これらの各要素が、漫画家・藤原カムイ先生を作ったのだとうかがい知れた。
業界随一との呼び声も高いその画力も、こうした熱意と研鑽に支えられてのものである。
一朝一夕には、なにごとも成し得ないものなのだ。

プロフィール

藤原カムイ(ふじわら・かむい)
東京都荒川区出身。
本郷学園高等学校デザイン科を卒業。
桑沢デザイン研究所在学中にデザイングループ「Image Box」に所属。
1979年、『いつもの朝に』(「藤原領一」名義)で第18回手塚賞佳作を受賞し、デビュー。
1981年、「マンガ宝島」にて初の商業誌登場を果たす。
代表作は、人気RPG『ドラゴンクエスト』の世界を舞台にした『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』。
そのほか、『帝都物語』(原作:荒俣宏)、『精霊の守り人』(原作:上橋菜穂子)、『気分はもう戦争』(原作:矢作俊彦)、『犬狼伝説』(原作:押井守)など、人気小説の漫画化においても定評がある。
◆公式サイト「KAMUI’S NOTE」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/studio2b/contents.html

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