【南淵 明宏】年間200例以上の心臓手術を執刀する心拍動下冠状動脈バイパス手術のスペシャリストのスゴい人!

南淵 明宏

本日登場のスゴい人は、日本が誇る心臓外科医。
手術のウデは超人的技術と評され、いわゆる押しも押されぬ「神の手」。
彼は一般向けの著書を多数執筆、また、新聞への連載、テレビ番組出演などを通じて医療現場と一般社会を結ぶ「語り部」でもある。
そんな彼も、子どもの頃は勉強もスポーツもあまり得意ではなかった。
しかし、彼はある時誰にでも可能な“ある方法”で、勉強もスポーツも楽器の演奏もできるようになった。
彼が見つけ出した、物事を達成するための方法とは?
さあ・・・医療法人社団 冠心会 大崎病院 東京ハートセンター センター長 上席心臓血管外科医 南淵明宏様の登場です!

「人生はアドベンチャー」

小さい頃は勉強もスポーツもあまり得意ではなくて、何かで人より上に出ることが無い、ダメ男くんでした。
小学生の頃には、自分は競争をすれば負けるというイメージがしみついていました。(笑)
でも、中学でヴァイオリンを習う機会があり、ヴァイオリンの先生から「才能がある」と褒められたんです。
褒められると嬉しくて、一日中ヴァイオリンを弾き続けていたら上達して、「何でも一生懸命繰り返しやればできるようになる」ことを知りました。
それからというもの、勉強もスポーツも段々できるようになったのです。
泥臭いけれど、できるまで何回でも繰り返すという自分なりのセオリーが出来て、中学・高校時代に挑戦と達成の楽しみを味わいました。
38歳の時に、それまで3年間勤めていた病院で好き勝手にやりすぎて、「君の手術はもう誰も手伝わない」と言われました。
自分では患者さんのため、病院のために一生懸命24時間365日頑張ろうとしていただけだったのですが・・・。
もうその時はがっかりして、絶望して、生きていけないんじゃないかと思いましたね。
今になって考えると、自分の目の前にいる人は素の自分を受け入れてくれている人たちで、僕を嫌っている人なんて所詮、妬み。
当時の自分はバカだったなと思えます。
その時に別の病院から声をかけてもらって、僕には心臓の手術しか能がないから心臓の手術を一生懸命頑張ろうと思って、そこに14年間勤めました。
小さな病院だったので、患者さんにいかに誠実に接し、どうやったら手術を受けて頂けるかを考えていましたね。
そうしたら、10年間で大人の心臓血管手術の数で日本一になることができたんです。
52歳の時、今の病院から声がかかりました。
大人しくしていれば今頃もっと楽ができたかな、という思いもありましたが、14年勤めてその病院での宝探しは終わっていたので、新しい事を始めるチャンスを頂けたことが嬉しくて仕方なかったです。
また冒険が始まると思うとわくわくしましたね。
今後は、自分の人生を賭けて業界をさらに盛り上げていきたいと思っています。
僕ならではの知識量とフットワークの軽さと語り口で外科と内科が協調してwiseなsocietyを各地域に作っていけたらと思っています。
僕は、一生懸命やったことで心臓外科医として注目してもらえるようになりました。
縁や知己を感じた人、目の前の人に対して一生懸命尽くすことが、自己実現につながったのだと僕は思います。

◆医療法人社団冠心会 大崎病院 東京ハートセンター
http://www.tokyoheart.or.jp/index.php

◆心臓外科医 南淵明宏 公式サイト
http://www.nabuchi.com/

※上記サイトは、一部携帯では見られない可能性があります。

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