【國松 孝次】警察庁長官から転身しドクターヘリの普及活動に力を注ぐスゴい人!

國松 孝次

救急医療の専門医、看護師が同乗し救急現場に向かい現場から医療機関に搬送するまでの間、患者に救命医療を行うことができるヘリコプター。
“ドクターヘリ”
現在は全国36道府県に43機が配備され、毎日日の出から日没まで、熱い志を持った医師、看護師と経験豊富なパイロットが救急患者のもとへと駆けつける。
全国のドクターヘリの普及・広報を行うNPOの会長として活動するスゴい人が本日登場する。
救急の専門医によれば、山深い地方で突発的な救急患者が出た場合などは、ドクターヘリがなければ助からない人がたくさんいるという。
ドクターヘリの現在、そして未来とは?
さあ・・・認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク会長 國松孝次様の登場です!

「天命の仕事として」

私の人生は比較的順調に来た方で、大学時代に結核を患い、就職のために1年留年したことが挫折といえば挫折です。
当時はまだ結核はまがまがしい病気として扱われ、結核というと就職できない企業が多い時代でした。
学生時代剣道部に所属していて、師範であった警察官の方に勧められて警察の道へと進みました。
私は仕事にはツイている人間で、若い頃から次々と良い仕事に恵まれました。
本当の意味でうまくいった仕事なんて一つもありませんが、周りの方々に助けられながらなんとかこなして長官という役を頂くところまできたのだと思います。
そして起きた、1995年の狙撃事件。
あの事件がなければ、私は救急ヘリに関わる仕事をすることはなかったでしょう。
あの日、私は自宅を出た直後、後ろから銃で撃たれました。
確かに私は被害者ではあるのですが、あの事件は一国の警察のトップとしては極めて恥ずかしい事件です。
危機管理意識が足りなかったと反省しました。
幸いにも襲撃を受けてから30分で日本医大付属病院に運び込まれ、辺見先生と益子先生という日本一の名医の手術を受けることができ、奇跡的に一命をとりとめ、職場に復帰することができました。
スイス大使の任務を終え帰国したところ、命の恩人である辺見・益子の両先生から現在の仕事へのお誘いを頂きました。
狙撃事件がなければ両先生との出会いもなかったし、両先生の卓抜した手術がなければ私は生きていませんでした。
お誘いを受けて、これは天命だと思いました。
2003年7月に理事長就任。
当時はまだドクターヘリが全国で11機しかありませんでした。
その必要性、重要性を伝えても、「お金がかかる」という理由でなかなか普及は進みませんでした。
私はドクターヘリの必要性を国会の先生方に訴えかけて、法律を定めてもらうためにロビー活動を行いました。
その甲斐があって、2007年にいわゆる「ドクターヘリ特別措置法」が制定され、ドクターヘリの導入スピードがそれまでとはガラリと変わったのです。
おかげさまで、現在では43機にまで増えました。
ドクターヘリは現場の非常に熱心な医師と看護師、そしてパイロットたちによって支えられています。
私はこの仕事を天命と心得て、これからも、国民の皆さんにドクターヘリの重要性を訴え続けてまいります。

◆認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク
http://www.hemnet.jp/
※一部携帯では見られない可能性があります。

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