【高繁 勝彦】ランニングで二度の日本縦断とアメリカ横断を単独で成し遂げたスゴい人!

高繁 勝彦

総重量約40kgもの大量の荷物を積んだバギーを押してたった一人で、二度の日本縦断、アメリカ横断などを成し遂げ、現在は「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るスゴい冒険家が、本日登場する。
彼は長距離を走るだけでなく、走る事を通じて世界を平和にしようと様々な活動に取り組んでいる。
走行距離1kmにつき10円を東日本大震災被災地に寄付する「RUN×10」(ランバイテン)、ゴミ拾いをしながらランニングをするThe Sweepersの活動「拾活」(しゅうかつ)など、走る事に寄付やゴミ拾いの動作を加える事で、震災後のランニングやマラソンの活動自粛の波を超え、走る事に意味や理由を与えたのだ。
さあ・・・アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦様の登場です!

「live together run together」

以前は高校で英語教師をしていました。
最後に勤めていた学校では、私は寮監として寮に住み込んでいたんです。
テスト前になると深夜に生徒が自分の部屋に質問にやって来るなど、オンとオフの切り替えの無い生活の中で私は睡眠障害になりました。
授業中、三者面談中、走っている時でさえも突然襲い掛かる睡魔に勝てず居眠りをしてしまいました。
教師の仕事に未練もありましたが、このままでは体がダメになると思い、退職を決断しました。
退職後の2010年に最初の日本縦断を決行。
北海道の宗谷岬から沖縄の波照間島まで104日間で約3,500kmを走りました。
2011年の間寛平さんのアースマラソンのゴールを見に行って、仲間から「アースマラソンを越える事をやってみないか?」と言われ、寛平さんは北半球でヨットとマラソンで4万キロだから、自分は5大陸をマラソンだけで4万キロ走ろうと思ったんです。
それからは、仲間のサポートを得て、スポンサーを募ってくれて、走る事に専念できる状況を作ってくれました。
もう後には退けない状況です。
4万キロのスタートとなるアメリカ横断では、予想もできない多くの事が私を待ち受けていました。
街もなく誰にも会うことのない砂漠を1週間走り続けたり、紫外線や熱波、過労、砂漠での食生活の影響でヘルペス(帯状疱疹)を患ったり、眠りに落ちても砂漠を走る夢ばかり見るほど追い詰められて、「早く終わらないかな」とばかり思いつめることもありました。
だけど、声をかけてくれる人や水や食料をくれる人などたくさんの人との出会いもあり、最後まで走り続ける事ができました。
そんな時自分を苦しめ痛めつけるあらゆるものと闘わない・競わない・争わない・・・。
すべて受け入れるのだということ。
受け入れて楽しむことができた時、ひと皮向けた自分になれた気がしました。
私は「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」の活動を通じて、世界の70億人のうち一人でも多くの人と出会いたい。
5大陸4万キロを走り、生きて帰ってきます。
私のランニングは競争ではなく、「共走」なので、他人と競い合って勝敗を決める事はありません。
スピードや記録にこだわらず、ゆったりまったりと仲間と共に走るのです。
ほんのひと時評価される記録よりも、皆の記憶に残る走りをしたいと思っています。
今年は、オーストラリア横断とニュージーランド縦断に挑みます。
応援よろしくおねがいします。

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