【法華津 寛】史上最高齢71歳でロンドン五輪代表として活躍した馬場馬術選手!

法華津 寛

中学1年生で馬と出会い、乗馬を始め、23歳の時に東京オリンピックに出場。
その後、会社勤めをしながらも毎朝5時に起きて出勤前に馬場へ通い、選手活動を続けながら、外資系企業オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックの社長にまで上り詰めた。
現在71歳で現役選手。
昨年行われたロンドンオリンピックにも日本代表として出場し、最高齢出場記録を更新した。
今年1月には馬事文化の発展への功績を称えられ、JRA賞馬事文化賞功労賞を受賞した。
約60年もの間、現役選手として活躍するスゴい人にも、東京オリンピック出場後に一度乗馬をやめていた時期があった。
さあ・・・馬場馬術選手 法華津寛様の登場です!

「好きこそ物の上手なれ」

東京オリンピック出場後、馬術を離れてアメリカへ留学をしていました。
ある秋の日、あまり天気が良いのでドライブに出たら、小さな乗馬クラブがあったのです。
オーナーさんと話していたら、「時間があったら乗りにおいでよ」と言われ、やめたはずの乗馬を再開しました。
偶然にも出会ってしまったから、乗らずにはいられなかったんですよね。
再開してから今日までは、辞めようと思ったことはありません。
やっぱり馬が好きなんです。
馬術は馬六分、人四分と言われますが、実際は馬が七、八分だと感じるほど、人間よりも馬が大事なんです。
自分がどれほど練習をしても、馬にその技をできるだけの力がなければオリンピックなどには出られません。
馬にどのくらいの力があるのかを見極めるにも、乗り始めてから3年ほどかかるので、この馬で次のオリンピックに挑戦と云う様な計画を立てる事が出来ないのです。
馬の状態を見て、これなら行けるかな、と思ったタイミングから1、2年後に大会があれば出場する、といった感じです。
2度のオリンピックに連れて行ってくれたパートナー ウィスパーにも出会えて、これまで順調に競技をしてきましたが、周りには私のことを「運が悪い」と言う人もいますね。
ソウル五輪の時に、予選を通過した自分の馬が検疫を通過できず、本選に連れて行けなくなってしまいました。
自分の馬で出られないなら出ないつもりでしたが、他の選手の予備馬で出場するようにという指示のもと、ソウルへ向かいました。
ところがソウルに到着すると、予備馬も持ち主である選手が練習していて、一向に馬に乗れない。
競技開始の24時間前になってようやく練習をできるようになりましたが、24時間では1回しか練習が出来ません。
結局、やむを得ず出場を辞退したのですが、この時、普段は見られない世界中の選手の練習の様子を自分の目でじっくりと見ることが出来ました。
ここで受けた刺激や学んだ事は、その後の馬術人生において大きな財産となりました。
辞退したことは悔しいですが、会場に行ったことがプラスになりましたね。
今は、ドイツに拠点を移して日々練習をしています。
71歳の今も競技に出ることが出来るのはありがたいことですね。
馬は、ハンディキャップのある方のリハビリにもとても良いといわれていますので、今後は、そういった活動のお手伝いもしていきたいと思っております。

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