【木原浩勝】怪談やJホラーブームの原点を作り上げたスゴい人!

木原浩勝

子供の頃、宮崎駿監督と名前を連ねると決め、「となりのトトロ」「魔女の宅急便」では制作デスクを務めた。
その後、日本怪談史上初、一冊に百話を収録し、現在のJホラーの原点となった現代の百物語「新・耳・袋」で作家デビュー。
単行本・文庫本(角川書店刊)の累計売上部数は、130万部を突破。
「新耳袋」を原作として、5分のショートドラマ100本、スペシャルドラマ6本、4度の映画化と、多数の映像作品が作られた。
更に「空想科学読本」シリーズでは、1,2巻だけで300万部を超えるミリオンセラーを記録。
2007年には、岡田斗司夫氏をプロデュースして刊行した「いつまでもデブと思うなよ」が60万部の大ヒット。
更にモバイルコンテツプロデューサーとして「機動戦士ガンダムSEED」の公式ファンサイト「SEEDクラブ」なども手がける。
何故、彼はジャンルに関りなく数々のヒット作品を世に送り出す事が出来るのだろうか?
今日はそのヒントを教えて頂きましょう。
さあ・・・怪異蒐集家・作家 木原浩勝様の登場です!

「サービスのSと満足のMの追求」

幼い頃TVで宇宙戦艦ヤマトを観て、アニメを作る人になろうと決めました。
やがて、自分が好きになる作品に毎回「宮崎駿」という名前が出ている事に気付きました。
恐らく宮崎駿監督流のサービスが好きだったんですね。
いつかエンディングロールに名前を連ねたい。
そう思い続け、やっとの思いで「風の谷のナウシカ」を制作したトップクラフトに入社。
ところが、その1年後に会社は解散。
その時、原徹社長(後のスタジオジブリ初代社長)とした「次回、宮崎監督と仕事をする機会があれば呼んで下さい」という約束が生き続け、スタジオジブリの設立時に声をかけて頂いた。
ジブリ初の劇場用長編アニメ「天空の城ラピュタ」に参加し、「となりのトトロ」「魔女の宅急便」の2作品で制作デスクをさせて頂きました。
やがて、自分のアニメを作りたいという原点に戻るべく29歳で退社し、翌年「新・耳・袋」(扶桑社版)で作家デビューをしました。
僕は、表現や商品、創作には常に満足とサービスを考えています。
お客様の満足(M)を追求し、サービス(S)を提供するという事です。
どちらか一方に片寄ってはいけません。
どちらの自覚もない中途半端はもっといけません。
どちらも持っていて「スイッチ」を作り、その場その場で“切り替える”という思考力が仕事をエンターテインメントにする基本だと思います。
考えることが重要ですから、才能は関係ありません。
ところで、才能は英語ではなんと言うかご存知でしょうか?
正解はGIFTです。
日本でGIFTは、贈り物という意味以外で使われることはまずありませんが、これが才能を意味するならば、人は皆、生まれた時から既に贈り物という形で才能をもらっているのです。
生まれた時から下さったのは“神様”ですね。
しかし、それはキレイに包装されていて、持っているだけでは本人にも中身がわからないはずです。
考え、行動を重ねて、包装を破き続ける事で、いつの間にか中身を知ることになるのが才能ではないでしょうか?
従って、持っている才能よりも「あきらめない」事が大切です。
既に持っていることも知らず、破らないで諦めたらつまらないと思います。
僕は小学生の頃、ビリビリ破ってみたら怪獣と怪談とアニメとマンガが入っていたので、それを伸ばしてきたのです。
当然、「全部子供向けばかりだ」と友達から笑われ続けました。
しかし、考えた結果、「子供向けの作品は全て大人が作っているんだからこれでいい」と諦めなかったから、現在の自分がいるのです。

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