オーケストラなどで使用される西洋の弦楽器“チェロ”
チェロの演奏者であり、大河ドラマ「龍馬伝」のテーマソング“龍馬伝紀行”のチェロアレンジを担当したスゴい人が本日登場する。
母親がヴァイオリニストであるため幼い頃から楽器は身近にあったものの、練習を始めたのは、高校受験の半年前。
そのきっかけは、X JapanのYOSHIKIさんに憧れ、習っていた作曲の先生の勧めがあったからだという。
大学進学まで順調に音楽の道を進んだ彼にも、試練が訪れる。
彼は、どのようにして試練を乗り越えたのだろうか?
さあ・・・チェリスト村中俊之様の登場です!
「初心」
半年の練習で藝大付属高校に入学したものの、3、4歳から毎日チェロの練習を続けてきた人ばかりの中で、僕一人だけがほぼ初心者でした。
YOHIKIさんへの憧れがきっかけで高校に入りましたが、大学に進学した頃にバンドブームも去り、本腰を入れてチェロの練習を始めました。
毎日一生懸命練習していたのですが、合わない弾き方で練習をしすぎたために半年で腕を壊してしまいました。
それから2年間は、練習をできず、もどかしい日々が続きました。
大きな大学病院から町医者など2年間で20件もの病院に行き、やっと治せる医師に出会いました。
治ってからも、3年かけてリハビリです。
大学を卒業して怪我でできなかった分練習をしたいと思い、自分の習いたい先生のいるイタリアへ留学しました。
しかし、半年ほど経った頃、今度は耳を壊してしまいました。
5年かけてやっと腕を治したら、今度は耳。
もうこれは「音楽をやるな」って事なんだと思って、思い切って音楽をやめたんです。
それで、会社を立ち上げようと思い、半年間ホテルでアルバイトをしながら公認会計士の資格の勉強をしていました。
でもある時、どんなに経営者として偉くなってお金持ちになっても、ステージの上でライトを浴びて拍手を受けることは無いんだと思ったら、やっぱり音楽をやりたいと思ったんです。
一度離れた音楽の世界にもう一度戻ることができたのは、僕にやめないでと声をかけバンドを組んでくれた地元の友人、「耳が聞こえなくなっても名曲を生み出し続けたベートーヴェンにできてあなたにできないことは無い」と励ましてくれた妹、たくさんの人の支えがあったからです。
それから、インターネットで見つけた「のだめカンタービレ」のオーディションに応募して合格し、音楽の仕事を再開しました。
龍馬伝紀行は、大学の同期の遠藤真理さんが演奏をすることになり、以前に彼女の曲のアレンジをしていた僕に依頼が来たのです。
様々なご縁で今日まで順調にお仕事をできているので、出会った方々には本当に感謝をしています。
どんな状況でも、やりたい事をやるしかない。
だって、それ以外できないじゃないですか。
その為には、ベストを尽くすこと。
これからもその時々の“初心”を大切に、音楽を生み出していきます。