【村田 毅】大手飲料メーカーの飲食店を率いるスゴい人!

村田 毅

本日登場するスゴい人は、大手飲料メーカー「キリンビール」グループのビアレストラン「キリンシティ」を率いるスゴい人!

大学卒業後、キリンビールに入社。
当時、一般酒販店や飲食店への販売が主流の頃に大手コンビニの担当として、酒類メーカーでは初めて個別販促を実施。
中元歳暮でのビールギフトを飛躍的に伸ばすなど、数々の功績から40歳で鹿児島の支社長に抜擢。
そして2015年3月、キリンシティ株式会社の社長に就任。
キリンビール一筋とはいえ、キリンシティはある意味別の世界であるにもかかわらず、売り上げ計画100%超えを続けている。

どのようにして、お客様と従業員が「笑顔」になれるビアレストランを率いているのか?

さあ…
キリンシティ株式会社
代表取締役社長
村田毅様の登場です!

「全力に悔いなし!」

小さい頃はお調子者でいたずらっ子でした。
父は厳格で、「何をしても良いが人に迷惑だけはかけるな!」と言われていました。

高校からラグビーを始め、群馬では一番強い学校でしたが、埼玉の優勝校には勝てず花園には行けませんでした。
大学でもラグビーを続け、100人を超える部員の中でレギュラーを勝ち取るのは本当に大変でした。
運もあって2年生からレギュラーになりましたが、さあこれからという3年生の春に肝炎にかかり、1ヶ月入院。
戻ってもすぐには練習できず、自分のポジションが無く、周りのみんながどんどん成長して上手くなっているのに自分だけとり残されることが辛かったです。
それから猛練習をして、4年の春からは再びレギュラーになることができました。
ラグビーで得たものは、友人も含めかけがえのないものだと思っています。

卒業後、口に入る物を作って売る、人と接する仕事を希望し、キリンビールへ入社しました。
当時キリンビールは絶対的なナンバーワンでしたが、一般酒販店や飲食店への営業が本流で 、私の担当する量販店営業は傍流のほうでした(笑)
今思えばそれがきっかけで、ほとんどの主要な量販店とのお付合いができて良かったです。
先のことよりも目の前のことを一生懸命頑張ること、そして得意先のことを好きになることを、常に意識していました。

20代後半から30代後半まで営業と接待の日々でしたが、取引先に叱られて落ち込んだ時には、逃げずにその取引先に通い詰めることを心がけました。
精神的に辛いと思うこともありましたが、そんな時は学生時代のラグビーの練習を思い出しました。
ラグビーでの練習は本当に辛かったので、この肉体的な辛さを考えると精神的な辛さのほうが楽だと思い、耐えられました。

40歳で鹿児島支社長に抜擢していただきました。
地方なので、会社を代表してキリンビールの社長のつもりで頑張れと言われていましたが、責任を重く感じていました。
当時は休むことなど考えたこともなく、土日も会合があれば参加していました。
ストレスではないと思いますが、お酒を飲みすぎてこの時にまた肝炎を患いました。
その後も様々なことを経験させていただき、現在キリンシティの社長をさせていただいております。

これからキリンシティは、一人でも多くのお客様に愛され、常にお客様と従業員の笑顔が絶えないお店であり続けたいです。
そして、100店舗より100年続くお店、店舗拡大よりも長く愛されるお店作りをしていきたいと考えています。

◆公式HP
http://www.kirincity.co.jp/

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