【御木本 豊彦】日本が誇る宝飾品企業の社長・会長を歴任したスゴい人!

御木本 豊彦

本日登場するスゴい人は、日本が誇る宝飾品企業「株式会社ミキモト」でかつて社長、会長を歴任した人物。
経営トップとして、同社の海外支店網の拡大などに力を発揮した。

学生時代には日本一周ヒッチハイク、世界一周バックパックの旅を実行。
日本中・世界中を歩き回って視野を広め、その経験が後の人生に大きく影響したと彼は語る。

さあ…
御木本豊彦様の登場です!

「チャレンジ」

5歳の頃、真っ暗の寝床でふと、「人生はなんて短いんだろう。しかも一度きりだ」と思い、涙を流しなかなか眠れなかったのを今でも覚えています。
ならば、若いうちに世界を見て視野を広げたいと考えました。
そして将来は、世界を舞台に仕事をする商社マンになりたいと思うようになりました。

上智大学の英語学科に入学し、3年生の時に偶然新聞でAIESECの海外インターンの募集を見つけて、受けると合格し、カナダの証券会社で働くことに。
3か月の研修のあと、世界一周バックパックの旅も決行しました。
学生でお金が無く、船会社との直接交渉で行きは貨物船、帰りはタンカーに乗せてもらう契約をし、地上での移動はバス、汽車の周遊券。
シリアとイラクの国境の砂漠の無人地帯を歩いていると、大きな野犬7、8頭に囲まれました。
全身に鳥肌が立ち、死を覚悟しましたが、目をあわせない、パニックを起こさない、侍のごとく堂々と歩く事を心に決めて、何とか100mくらい過ぎた所で振り返ると、大きな羊が血を流して倒れていました。
満腹だったから襲われないで九死に一生を得たようです。
冷静な判断と行動で命拾いした経験は、後の人生にも大いに役立ちました。

商社に勤めていましたが、妻の父、当時のミキモトの社長からニューヨークに行ってくれと言われ、世界で働きたいという想いはミキモトでも果たすことができると思い、転職。
役員になりたての頃、先輩役員が香水プロジェクトをニューヨークで立ち上げました。
ティファニーの香水が大ヒットした頃で、彼はその開発チームをそっくり受け継ぎ、スタートしましたが、急逝。
後任を任されて2年開発を続けましたが、売れている香水は香りの優劣よりもむしろ広告費をいくら掛けるかで勝敗が決まるという現実を学び、小さい企業では勝てないと気づき、プロジェクトから撤退する決断をしました。
数億円の先行投資をしたものが0にはなりますが、本格参入すれば更に数十億円の投資が必要になり、損失は更に大きくなるのです。
誰にも相談できず、決断するまで半年間殆ど眠れず、このままでは心筋梗塞で死んでしまうと思うほど体にも負担がかかっていました。
一番難しいのはNOという判断を下すこと。それが出来て会社も自分も今があります。

私のチャレンジは、50年前の世界一周から始まりました。
若い人はぜひ、勇気をもってチャレンジして頂きたいと思います。

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