【麻生 八咫】日本の伝統芸能“活弁”を21世紀に伝えるスゴい人!

麻生 八咫

今、映画を見終わった後に拍手喝采を送る観客がどれだけいるだろうか。
主役の活躍に、歓声を上げる観客がいるだろうか。
無声映画の時代は、そんな映画の見方が当たり前だった。
映画館は銀幕で、楽団の生演奏に活弁、観衆が一つになり盛り上がる。
まさに活気あふれるライブハウスだった。
活弁士は、筋やセリフを語るだけではない。
銀幕の喜怒哀楽に観衆を巻き込み、いかに沸かせるかが腕の見せ所。
本日は、そんな活弁の魅力を伝え続けるスゴい人が登場する!
さあ・・・活弁士 麻生八咫(やた)様の登場です!

「4浪から芸の至宝へ!」

私は長男でしたので、家業である薬局を継ぐことが親孝行であると思い薬学部を受け続けたが、4年浪人。
振り返ると中途半端な親孝行精神でした。
今度は自分が楽しいと思える事を仕事にしたいと思い直したものの4年も浪人し、精神が希薄になっていて、自分がどこへ向かえばいいのか全くわからない。
色々な人生を経験してみたくなり、文系の大学で演劇をはじめました。
劇団を旗揚げし演劇で自由に自分を表現できる楽しさを知り、演劇の世界にどっぷりとはまり、一生の仕事にすることを決めたのです。
大学卒業後、劇団を辞める人が続出したので、一人芝居を追求していきました。
ラジオで流れていた放送劇「日傘と剃刀」が好きで、一人芝居にさせて頂く承諾をもらいに放送作家である能勢紘也さんに直接会いに行きました。
お金がなかったので一升瓶1本を持参し、頭を下げお話をさせて頂いたところ、快く受けて頂けたのです。
芝居を見てもらうと、自分では上手く出来たつもりでしたが能勢さんからすると酷すぎると一刀両断されてしまい、ショックでした。
その芝居の中に「活弁士」の役が出て来ていたので、話し方を勉強しに活弁を観に行きました。
そのときの活弁士・池俊行氏の語りはまるでフィルムが動かされているかのようで、語りを止めたらスクリーンの役者も止まってしまうのではないかと錯覚するほどの話芸で大変衝撃を受け、即日弟子入りしてしまったのです。
猛練習後、能勢さんにお手紙を書き、また観に来てもらいました。
今度は面白いと褒めて頂き、凄く自信が付きました。
次は旅公演をやってみたいが手法がわからない。
地方新聞社に電話をして地方劇団の主宰者を紹介してもらったのが、地方への足がかりでした。
一人芝居を全国で400回公演することができ、その後、役者から活弁士になりました。
朝は比較的時間があるので娘を幼稚園に送って子供達と遊んでいると、ある時小さな男の子から「毎日幼稚園で遊んでるけど仕事してるの?」と聞かれました。
いつか娘も私の仕事を不安に思うかもしれないと思い、それからは生業である活弁士の姿を頻繁に見せました。
その影響か、娘は10歳で活弁士としてデビュー。
芸人は、芸の世界に没頭してしまい世間から遠ざかりがちです。
子供の世界を通して世間を、自分を垣間見れて、現在生きているその時その時の感覚を大事にするようになりました。
時代の息遣いを感じさせる芸能を目標に精進を続けています。
私の目標はただ1つ、人間国宝になることです!

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