【木根 尚登】TM NETWORKのギタリストとして一時代を築いたスゴい人!

木根 尚登

1984年にシングル『金曜日のライオン(Take it to the Lucky)』、アルバム『RAINBOW RAINBOW』でデビュー。
87年にリリースされたシングル『Self Control』はゴールドディスクを受賞し、人気アニメの主題歌となったシングル『Get Wild』は、オリコン・シングルチャートでは実に22週にわたりチャートインしてロングヒットとなった。
今やアルバムの総売上枚数は1600万枚を超えた伝説のユニットTM NETWORKのギタリスト。
たぐいまれなる音楽センスを楽曲制作、編曲で発揮し、大ヒットの大いなる要因を担う。
ソロ活動においても、プロデュースや、舞台、執筆など幅広くその活動を広げ、様々な分野にセンスが光る。
そんな、彗星のごとく現れ、天才と思われるスゴい人が、実は、過去にはなかなか売れずに苦労していた時期があった。
どん底の時期にスゴい人は何を考え、何を行ってきたのだろうか。
さあ・・・TM NETWORKギタリスト木根尚登様の登場です!

「自分が変われば、出会いが変わる」

14~5歳くらいの時からバンドを組んでオーディションを受け続けていた。
受けたオーディションの数は100を優に超えていた。
幸運にも、一度は東芝EMIからデビューできたが、全く売れないまま、そのバンドは解散した。
21歳の時に小室哲哉と出会い、当時別のバンドで活動をしていた宇都宮隆に声をかけ、ユニットを組んだ。
“多摩”という地域名からとって、TM NETWORKというユニット名になった。
この時も、何度オーディションを受けても全く鳴かず飛ばずの状態だった。
正直、自分も含め小室・宇都宮の3人ともかなり焦っていた。
オーディションでは、いつも1%くらいの“何か”に賭けていた。
ただ、人に評価してもらう事が、純粋に自分たちを高めてくれると感じていた。
フレッシュサウンズコンテストというオーディションで、最後になるかもしれないと思っていた。
オーディションを受け続け、ついには25歳を迎えてしまったからだ。
この頃、実家の水道屋を手伝いながら活動をしていた。
両親は正直、早く辞めて水道工事の家業を手伝って欲しいと言っていた。
でも、なりたい自分とのギャップに、音楽への想いは断ち切れなかった。
そんな中、なんと満点の評価を頂いてグランプリをとり、Epicレコードからデビューが決まった。
TMを拾ってくれたEpicレコードの某プロデューサーにも大変感謝している。
TMは絶対売れると確信され、1年目、2年目も1億円のプロモーション費をかけてくれた。
それにもかかわらず、オリコン100位以内にも食い込めなかった。
このままでは、来年にはプロデューサーと共に解散…
そんな中、なんとかチャンスを取り次いでもらい、シティハンターの主題歌「Get Wild」へ繋がったのだった。
そこから、TM NETWORKとしての活躍の場を得ることができたのだ。
今では、自分のやりたい音楽、出版、舞台にまで出させていただいている。
人には、色々やりすぎだとまで言われるが、振り返ってみれば、小学生の頃からの創作意欲が今の活動の原点かもしれない。
クラスで出し物をつくる際、考えるのが面白くなり、1日で脚本・配役・演出等原稿用紙いっぱいに書き出した束を先生に提出して、かなり驚かれたことがあったのだ。
自分が生きてきて、経験したことを集約した何かがつくれないか。
そういったことを目標に考えている。

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