アプリ開発で世界をアップデートしているスゴイ人!▶菅澤英司様 DAY2

日本のTV視聴のルーティンを変革したアプリ【TVer】を知っているだろうか。本日ご紹介するのは、“最強のものづくり集団”株式会社bravesoftの代表取締役、菅澤英司様です。2005年に設立したbravesoft社はすでに中国やベトナムにも事業展開している。いかにしてbravesoftはアプリ開発の雄となったのか。社会にムーブメントを起こした菅澤社長のその生い立ちを伺いました。

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波瀾万丈の起業ストーリー

編集部(以下、編):学生時代に出会ったこのアプリ開発から起業なさったのですか?

菅澤社長(以下、菅):そうですね。卒業と同時の2004年に起業しました。大学の友人5人組でずっとやってきていましたが、その中でも不真面目な3人組で立ち上げました。(笑)当時はまだiモードでのゲーム作りができる人は少なく、案件の依頼は急激に増えていったので、その流れで会社を立ち上げました。他の2人はとても優秀で、一人は渡米留学してMicrosoft社へ。もう一人は日立製作所に就職しましたから、彼らもそれぞれの企業においては即戦力になったでしょうね。

 

編:学生時代に夢中になっていたことを仕事にされたのですね!

菅:会社名は「GEO マックス」。起業してから3年後ぐらいには、社員の数も順調に増えて、すでに利益が出せていました。 プログラミングの学生アルバイト時代に、企業への見積もりの出し方などを教わっていたのも起業の成功に繋がりました。その頃は忙しすぎて会社にはほぼ泊まり込んでいましたね。

 

編:順風満帆な滑り出しですね!

菅:ところがそうでもないんですよ。(笑)その友達と方向性の違いを感じて、僕自身は1年でその会社を退社したんです。そこからbravesoftを立ち上げて、現在19 年目に突入しています。設立当時のbravesoftには8人ぐらいが所属していて、会社の雰囲気は良くも悪くも大学のサークルのような感じだったんです。少数精鋭でしたが、すでに企業から何千万単位の案件も受けていました。銀行融資も1,000万ほど借り入れて、近い将来には中国などの海外進出も視野に入れていましたから、もう少し厳しさも必要だなと思ってその考えを共有したんですね。「ちゃんとやろう」と。そうするとなかなかそれは受け入れ難い提案だったようで、突然5人が会社に来なくなってしまった。

 

編:少数精鋭のうちの5人がいなくなるとは大変な事態ですね。

菅:すでに受けた企業案件はやり遂げなければならない。そこから毎日、残った社員ととにかくがむしゃらに頑張っていたある日、郵便ポストを覗くと、一冊の封筒が届いていました。東京地方裁判所からです。2006年のことでした。

 

編:東京地方裁判所から...!? 

菅:はい...。当時の私は毎月社員と面談を実施して、タイムカードを参考にしながら月給を調整していました。しかしその訴状によると社員に対して残業代が不当に支払われていなかったという内容でした。その時の自分はまだまだ未熟で、みんなで頑張って稼いだ給料は折半するのが会社というものだと考えていたので、そもそも残業代という概念も知らなかったのですよね。業務に追われながら弁護士と裁判に臨みました。会社から姿を消したかつての友人たちと、東京地方裁判所で再会を果たす形となりました。裁判の結果はやはり敗訴。結局、将来の事業拡大のためにと銀行から受けた1,000万円の融資から、500万円を彼らに残業代として支払うことになってしまいました。

 

編:え!?想定外の展開ですね... 

菅:もう僕は日本人とはうまくやっていけないのでは?とまで思うようになりました。ちょうどその時、日本にはエンジニアとして優秀な中国人がたくさん来日していて、すでにエンジニア同士で良い関係も築いていたので、彼らと仕事をすることを決心しました。その年にはもう中国に渡って、翌年、2007年に現地に子会社を設立しました。

 

編:裁判の翌年に!?早いですね!中国のどちらに設立されたのですか?

菅:四川省の成都です。当時の中国国内でのエンジニアの月給は5万円程度(日本だと3040万円ほど)で、日本で人材採用するのに比べると、かなり人件費が安く抑えられました。IT業界の中心地は北京や上海といった大都市でしたので、まだ成都という町にはライバル企業がなく、地元の方の就職先として人気になりました。成都に子会社を設立した3年後の2010年には、社員の数は50人に膨れ上がりました。

 

編:たった3年で!すごい成長力ですね。

菅:中学の時に打たれ強くなったおかげか、中国の水でも平気で飲むことができましたしね。(笑)現在bravesoftには180人ほどの正社員がいます。そのうちの10人弱ほどは中国人、10人強がベトナム人といった状況です。大学を出てすぐ起業して、いきなり中国に行ったような自分は良くも悪くも常識が多分あまりないので、海外のメンバーからすると逆に一緒に仕事しやすいというのはあるのかもしれません(笑)

 

編:なるほど。でも人事管理は大変だったのではないですか?

菅:そうですね。最初の頃はもう手探りで頑張っていましたね。体当たりで一から作っていった感じでした。訴訟されたおかげで残業代をきっちり払う会社にもなりました。(笑)“残業代は支払う!”これに尽きると思います。高い勉強代は支払いましたが、実はあの話は終わりではなくて、つい去年、その時の5人のうち2人と18年ぶりの再会を果たしたのです

共通の友人が仲介役となってくれて、久しぶりに飲もうよという話になったのです。今となってはもう昔の話ですし、お互い大人になりました。あの時は若気の至りで上手くいかないこともお互いにありました。彼らもやはりその才能をIT業界に活かしています。大変なこともありましたが、言ってしまえば結果的にはこれで良かったのではないかと感じています。

 

編:まさに“雨降って地固まる”ですね!

菅:そうかもしれませんね。ただ3年ぐらいはポストを覗くのが怖かったですけどね(笑)2012年にはベトナムのホーチミンにも子会社を設立しました。一緒に仕事をしていたベトナムのエンジニアが地元でIT起業をやりたいと言ってくれたので、自然な形でベトナムに進出できました。

ベトナムの社員たちと

 

編:やはり海外に進出される理由は人件費でしょうか?

菅:そうですね。中国の人件費が年々上がってきているのは事実ですが、でもそれが逆にチャンスになることもあります。実際に弊社では北京の子会社で北京空港のアプリ制作を受託してもいます。人件費の増加や様々な事情で中国に進出する日本企業が減っている現在ですが、弊社は新しい形で中国事業を成長させています。現地子会社は日本本社の下請けではなく、その国のインフラ構築に貢献していく。中国政府のルールは中々厳しい時もありますが、責任ある仕事でやりがいを感じています。

 

 

編:御社では社員さんが生き生きされていますね!

菅:そこは本当に僕が一番大切にしていることです。学生からそのまま起業したこと。

友人と作り上げた会社を一年で辞めたこと。のちに起業した会社で友人に訴訟されてしまったこと。20代で経験したそんな状況の中でも常に自分が本当にやりたいことは何なのかを探ってきました。僕自身が大学生時代に夢中になったプログラミングのアルバイトのように、うちの社員が心から楽しんで働くことができる会社を作り上げることが重要だと思っています。

今後のbravesoftが目指すものとは 

編:それでは最後にbravesoftさんの今後の方針をお伺いしてもよろしいでしょうか? 

菅:そうですね。我々はずっと“最強のものづくり”を目標に掲げていまして、日本のアプリ開発企業の頂点に立ちたいと考えています。特に今後は体験型イベントのアプリ開発に焦点を当てていく予定です。アプリであらゆるイベントの形を変えつつ、費用面も安く抑えられるようなインフラを構築しています。

 

編:イベントでアプリを活用する事案は今増えていますが、実際にイベントの企画者がアプリまで作るというのは難しいのではないでしょうか? 

菅:確かにイベント用のアプリは、イベント期間が決まっているので納期を遅らせることができないという問題が常にあります。そのためエンジニアがかかりっきりで制作するのが従来でした。エンジニアというリソースには制約も限界もあります。だから当社は、エンジニアではなくてもアプリが開発できるシステムを作ったんです。

イベント支援アプリeventos

大小さまざまなイベントで

 

 

 

 

 

 

 

 

編:それがeventosですね。

菅:当社は「イベント・体験にこそ価値がある」という考えに焦点を当てています。コロナ禍を経て、やはり大切なのは人とのつながりだと社会が再認識したと思います。やはりわいわいするイベントは楽しいし、集客コストが安ければイベント主催者も負担が少ない。このツールを使えば誰でもイベント事業を成長させることができます。人との繋がりを感じることができる実体験を地方でも加速できたらと願っています。“アプリからリアル”をモットーに今後もアプリ開発事業に向き合っていきます。

 

編:未来の生活が変わっていくインフラですね!今回はご多忙の折、貴重なお話をありがとうございました。

菅:ありがとうございました。

 

菅澤英司氏 プロフィール 

1981年10月生まれ。東京都出身。法政大学情報科学部卒業。

学生エンジニアとして活動し22歳で起業。15年間で世界4拠点150名でのグループに成長。総計1DL,1000件以上のアプリ開発を経験。首相官邸やTVerなど代表作の開発を主導。「最強のものづくり集団」を目指し、エンジニアリングの理想を追求。趣味はプログラミング、1人旅、ブログ、読書。

コーポレートサイト:https://www.bravesoft.co.jp/

 

編集後記

大学生ライター:田村陽奈

今回は田町にあるbravesoftさんの素敵なオフィスでの取材でした。私自身、初めての取材ということもあり緊張していましたが、貴重なお話を伺うことができ、とても刺激になりました!アプリ開発事業を通してリアルな体験をユーザーに提供し、人との繋がりを感じる機会を増やしていきたいという菅澤社長の思いから、新たなアプリ開発の可能性や未来を感じることができました。また大学生時代に打ち込んだプログラミングのバイトでの経験が現在のキャリアに繋がったというエピソードを聞き、現役大学生である自分も一つ一つの出会いや経験を大事にしていきたいと思いました。改めて貴重なお時間をいただきありがとうございました。

 

大学生ライター:瀬沼佐織

今回菅澤社長に取材させて頂き、菅澤さんの大学時代のお話は現役大学生の私はとても感動しました。自分は行動に移すことが苦手なタイプで、あまり新しいことに取り組まないのですが、菅澤さんは大学時代に友達とやり込んだプログラミングが今の仕事に活きており、自分の好きなことを仕事にしていてとても眩しく見えました!また、「友達に訴えられる」などの、大半の人は味わうことの無い挫折を経ても、起業することを諦めない姿勢に感動しました。私も好きなことを仕事にすべく、今からでも興味のあることはとことん片足を突っ込んで行きたいと思います!改めてためになるお話、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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