跳び箱ギネス世界記録(R)保持者のスゴい人!

体操を辞めようと思った時、風が吹いた

目標だったオリンピックが遠のく…

自分の100%を出しているか

本日登場するのは、3つのギネス世界記録(R)を持つスゴい人!
跳び箱24段、160人一斉後方回転(バク転)、そして先日放送された24時間テレビ(日本テレビ)にて、1分間トランポリンダンクの記録を更新した。
幼少期より体操を始め、現在は平日は体操指導、休日はアクロバットパフォーマーHiro&AGとして活躍する彼。
しかし、今日の活躍に至るまでには栄光と挫折の日々があった。

さあ…
跳び箱ギネス世界記録保持者
大山 大和様の登場です!

体操を辞めようと思った時、風が吹いた

小さい頃から運動が大好きでした。
幼稚園の年長から体操を始め、大学卒業まで17年間やっていました。
小学生の頃は何も考えずやっていたんですけど、毎日4~5時間練習していて、遊ぶ時間が周りの友達より少ないのは嫌でしたね。
もともと乾燥肌で、滑り止めの炭マ(炭酸マグネシウム)をつけて4~5時間練習すると、手が割れてきて痛いんですよ。
手が剥けても先生はやれと言うし、鉄棒は血まみれになっていましたね。
最初は泣きながらやっていましたけど、それでメンタルも強くなりました。
それなりに成績も良かったのですが、体操を続けるためには小学校の友達が一人もいない、学区外の体操部のある中学に行かなければならず、本当に嫌で、中学に上がるのを機に辞めたいと思っていました。
「体操を辞めたい」と監督に言うと、1週間考えろと言われて、その時は考えても変わらないと思っていました。
親には「もったいないから続けなさい」と言われたのですが気持ちは変わらず、「辞めます」と言おうと思って先生の家に行って、チャイムを押そうとした瞬間「やっぱり続けよう」って何故か分からないけど、辞めると言うのをやめました。
急に風が吹いたような感じでしたね。

目標だったオリンピックが遠のく…

中学に入ってからは、辞めようなんて思わなくなりましたね。
オリンピックに出たいと思うようになり、全国で1番にもなりました。
習志野高校に入学し、1年生の時は雑用が多くて、1年が3年分くらいあるように感じました。
1年中、あと何週間、あと何日で終わるって数えていましたね。
僕らの学年は3人しかいなくて、他の学年が8~10人でやることを3人でやるので、あの時が一番きつかったですね。
でもこの経験があるから、ちょっとしたことで動じないようになったと思います。
順天堂大学に進み、少数精鋭のチームの中でオリンピックを目指し続けていたのですが、大きな変化がありました。
体操は4年に1回、オリンピックの次の年にルールが変わるんですが、僕が大学生の時に10点満点ではなく、10点よりも上の点数がつくようになりました。
それまでの10点満点のルールでは、技も重視しつつ、ミスの無いきれいな体操をすることが高得点になりました。
僕は、技はそんなに多くないけれど、失敗しないで演技をすることで高得点をとって入賞していたのですが、ルールが変わったことで、難しい技をやって多少失敗した人に点数で勝てなくなってしまって。
完璧にやってもちょっと失敗した人に勝てなくて、僕の戦い方には合わなかったんです。
全日本に出ても上位に行けなくなり、大学一杯はやれるだけやろう、できるんじゃないかと模索し続けましたが、オリンピック出場は叶いませんでした。

初めての見せるパフォーマンスと団体競技

大学卒業のタイミングでマッスルミュージカルの話があり、そこでお金をいただいて人に見せるパフォーマンスへ転向しました。
3月に練習が始まって、渋谷とラスベガスとツアーの組に分かれて、僕はラスベガスに行くことになりました。
先に始まった組のステージを見て、自分がステージに立てると思えなかったですね。
入ってすぐ半年間ラスベガスで舞台をやって、最初はてんやわんやで、ハチャメチャでした。
それまでやっていた体操は、結局個人競技なんですよ。
団体戦と言っても、競技する時は一人です。
だけど舞台だと、他の人がいるから、ぶつからないように動線を念入りに確認したりして、団体競技でした。

公演がなくなり、家賃も払えない状況に

4年半くらい経った頃、東日本大震災が起き、公演ができなくなりました。
公演回数が減ると生活面でも厳しくなり、続けたいんですけど、いつできるのかわからない公演を待てなくて。
一回外に出て、他にパフォーマンスとかできないかなと思いながら、色々やってきましたね。
知り合いの瓦屋さんや畳屋さんを手伝ったりもしました。
生活が苦しくなり、家賃も払えない状況になったんです。
そんな経験をしたお陰で、お金が無くても何とかなる。大丈夫だと思えるようになりました。
強くなりましたね。

ギネス記録は自分で更新したい

ギネス世界記録をとったのは、5~6年前。
日本テレビの企画で挑戦しました。
モンスターボックスでも24段(3m16㎝)の記録を持っているんですが、モンスターボックスは背中から落ちても良いんです。
ただ、跳び箱のギネス記録は24段(2m96㎝)を飛び越えて、立って着地しないといけないんですね。
安全に他の人も挑戦できるように、立って着地するという条件があるのですが、立つのは大変でした。
きっと他にできる人はいないと思うので、自分で記録を更新したいと思っています。

自分の100%を出しているか

今の仕事のスタイルは6~7年くらい前から続けています。
最初は小さい時からの歴代の監督に連絡して、「何かないですかね」と聞いたら、幼稚園の時の先生が「保育園に教えに行くから一緒に来るか」と言ってくれて。
もともと指導をやってみたいと思っていたし、経験を活かしたいという想いもあり、参加しました。
そこから一気に広がっていきましたね。
1年目が3~4か所だったのが、次の年には10か所くらいになって、自分でも体操クラブを作って。
今では17か所、平日は毎日3か所くらい保育園、幼稚園、小学校を回って体操指導をしながら、週末はパフォーマンスをしています。
自分のクラブを作って最初の3か月くらいはボランティアみたいなものでした。
今はだんだん人数が集まってきて、積み重ねて、やっと人が集まってくるのを感じています。
先生と一緒にやっているのも楽しいけれど、失敗も成功も全部自分の責任というのは楽しいですね。
自分のできる100%を出しているかは、よく考えます。
手を抜いていなかったか、できる限りのことをするように考えることが、自分の信条です。
人気がないといらないと言われるでしょうし、いつ切られても自分の100%でやっていたなら仕方ないと思うし、とにかく神経を集中して、ちょっとしたことにも気づくように心がけています。

指導とパフォーマンスの2本の柱で

まだまだこれから、パフォーマンスでもっと有名になって、たくさんの人に見てもらって、メディアにも取り上げてもらいたいです。
アクロバットはもちろん体が動く限りは続けたいですけど、40代50代になってできないので時間が限られています。
他のパフォーマーさんに比べたら時間がないけれど、その分自分のやっていることに自信があります。
指導は他の場所にも展開していって、もっと広げていきたいと思っています。

取材を終えて

『いんパク ステージパフォーマーNo.1決定戦!』決勝大会のパフォーマンス前にお時間をいただき、取材させていただきました。
長年真剣に取り組んでいらした体操に関してお話しくださるときは、熱く、まっすぐで、力強い言葉が印象的でした。
取材後、パフォーマンスを拝見しましたが、パイプ椅子を使った、手に汗握るパフォーマンスの数々は「圧巻」の一言でした。
そしてこの日、見事70組から勝ち上がった14組のパフォーマーの頂点に立ち、グランプリ獲得!
すごい瞬間を見させていただきました。
ぜひ、パフォーマンスを生で観て、この感動と興奮を味わってほしいです。

プロフィール

大山 大和(おおやま・ひろかず)
Hiro&AG

順天堂大学卒業
全国中学校体操競技選手権大会・跳馬優勝
国民体育大会・体操競技準優勝(2000年)
NHK紅白歌合戦バックダンサー出場(2007年)
チャイニーズバンジー世界記録保持・6人連続
スポーツマンNo.1決定戦 モンスターボックス公認記録会優勝(2010年)
モンスターボックス世界記録保持・24段(3m16㎝)
ギネス世界記録保持・跳び箱24段(9ft8in)
ギネス世界記録保持・160人一斉後方回転(バク転)
ギネス世界記録保持・1分間トランポリンダンク(44回)
現在は体操指導、Hiro&AGとしてのアクロバットパフォーマンスを中心に活動中。

◆Twitter https://twitter.com/hiro1160hyama
◆Hiro&AGオフィシャルサイト http://hiro-ag.enter1.jp/
◆お仕事のご依頼はこちら http://www.enter1.jp/performer/hiro_and_ag/

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