世界初!9,900円で婦人靴のオーダーシューズを実現したスゴい人!

ユニクロを上場させる

入社3日目で闘志に火が点き最短昇格

一番やりたくないビジネスは靴だった

本日登場するスゴい人は、世界初!婦人靴のオーダーメイドを9,900円で実現した人である。
彼は、実は靴の商売はやりたくなかったそうだ。
しかし、子どもの頃に受けたトラウマで「商売人にはなりたくない!」と思ったのにもかかわらず、彼は商売のスペシャリストへの道をどんどん突き進むことになる。
彼はどのような経験をし、世界初の商売をスタートするに至ったのだろうか?

さあ…
株式会社キビラ
代表取締役 福谷 智之様の登場です!

奇跡の電話

父は「何をやっても儲ける自信がある」が口癖でした。
私のためにおもちゃ屋・焼肉屋をオープンしてくれたのですが、皆が楽しく買い物や食事をしている時、私はお店の手伝いをさせられ「いらっしゃいませ」と頭を下げ続ける事が嫌で仕方なく、「商売は絶対にやりたくない!」と子ども心に強く思っていました。
親を抜こうと思い野村證券に入社し、配属にも恵まれ4年目にして全国100位以内の成績になりました。
「地方支店ならそうはいかない」と皆に言われる事が腹立たしく、完全に天狗になっていた私は「地方でもどこでも行かせてくれ!」と言うと、売上ワースト3に入る山口県下関支店に飛ばされました。
そこは漁港だけで、法人がほとんどない町でした。
ある日、「ファーストリテイリングの社長さんから電話が掛かってきています」と言われ、その時手の空いていた私が受話器を取りました。
柳井社長から「上場したいと思っていますので是非ともお話を聞かせてもらえませんか?」と言われたのです。
当時のユニクロは売上も50億円程度しかなく、誰も知らない会社でしたが、過去2度も上場経験をしていた私は「お任せ下さい!」とお引き受けしました。

ユニクロを上場させる

担当して数年でユニクロは上場し、私は中国九州エリアで1位になれたのです。
柳井社長から「辞めてうちに来ないか」と声を掛けていただきましたが、洋服はよくわからないのでお断りをしていました。
そんな時、ある銀行の社長さんの運用で大失敗してしまったのです。
社長は1時間ほど黙った後で「福谷くんが悪いわけじゃない。僕の40年間はなんだったんだろう。全部なくなってしまった。」とボソッと言われたのです。
この人の人生を潰してしまった。
自分は一体何をしているのだろうと我に返り、自分が唯一敵わない柳井社長の元へ行こうと決めました。

トップ営業マンから駐車場警備員に

ユニクロ出社の初日、柳井社長から「今までの経験を活かして経理とか財務は?」と言われたのですが「全然知らないので店員からやります」と答え、短期アルバイトとして駐車場警備に配属になりました。
朝5時から警備をし、22時頃店長から服を畳んでと頼まれるのですが、畳み方を知らないと答えると「知らないの?本当に役に立たないな!」と言われる始末。
正式に社員となりまた同じ店に配属された時、店長にトイレ掃除を頼まれ終了報告をすると、天井と壁を拭き上げてなかった事で「貴方の基準は低すぎます」と言われたのです。マニュアルを読んだのか?と言われても、マニュアルが何処にあるかさえも知りません。
翌日は朝から一人で130坪の床の黒ずみ落としをさせられ、営業終了前になんとか終えるとワックスもかけて帰れと言われ、一人残ってやった事のないワックスがけをさせられました。

入社3日目で闘志に火が点き最短昇格

この理不尽すぎる対応がきっかけで「早くこの店長の上司にならないと!」と心の炎がボッ!と灯ったのです。
翌日、営業部長に「日本でNo.1の店舗へ配属してくれ」と電話しました。
何故かと聞かれたので「No.1の店に行かないとNo.1になれないからです」と答え、配属が決まりました。
その日に覚えることを自分で決めて徹底的に覚え、昼の休憩は5分でご飯を食べ、残りの55分はマニュアルを徹底的に覚えました。
3ヶ月で店長になり、その半年後にマネージャーに昇進という最速昇進記録を作りました。
お陰様でどんどんユニクロが大好きになり、嫌味な店長の上司にもなっていました。

ユニクロ社員からグループ会社の代表へ

入社から9年6ヶ月たった時、柳井社長から「今日で会社を辞めて、買収したビューカンパニーの社長をやって下さい」と言われたのです。
ユニクロが好きなので、今までもユニクロ以外の仕事は断っていたのでお断りすると、今までにない程に激怒され、仕方なく翌日知らない会社に行きました。
全く知らない靴の会社です。
出社すると株主総会の準備中で、来年の予算を決めてくれと言われたので、適当に「110%で組んで」と言っておきました。
商品は9000品目もあり、管理はずさんでした。
問屋制を廃止し、43メーカーから5社に絞り、半年で赤字から黒字に転じました。
ファーストリテイリング時代にビューカンパニーの他にもワンゾーンという靴会社の経営にも携わりました。靴は製造工程が複雑な割には価格も上げられず更には洋服のように畳むことが出来ないのでバックヤードでの在庫場所が広く必要なので固定費も圧迫するので難しいビジネスだと勉強になりました。

一番やりたくないビジネスは靴だった

柳井社長とは違った経営にチャレンジしたいと独立しました。
靴は服に比べ、手間とコストがかかり薄利なので服屋をしようと思っていました。
既にNo.1になる方法も思いついていました。
一般採用した4名の女性に「何をやれば儲かるか、皆で考えて来月からそれに向かって頑張っていこう」と課題を出したのですが、心の中では服屋をやると決めていました。
すると、なんと4名全員が「自分に合う靴が無いので靴を作りたい」と言ってくるのです。
何度突き返しても靴屋がやりたいと、だから仕方なく始めたのです。
但し、最後発ならば、最先端にしようと思いました。
日本人の足は幅広で甲高というのは嘘で、実際は幅広甲高のタイプは全体の2割しかいません。
小さいと履けないので、靴は大きめに作るのが鉄則で、既成靴は幅広甲高になるのです。
各人の足に合わせるにはオーダーしかない。
靴メーカーを回りましたが、ライン製造しているので1足ずつは作れないと言われてしまいました。
数百万円する医療用の3Dの計測器を購入し研究して、21.5〜26cm迄で独自のパターンを作り、メーカーで製造して貰えるようになりました。
このパターンで日本人女性の87%は網羅できます。
1店舗目を新宿にオープンすると、瞬く間に噂が広まりテレビの取材も入り、計測だけで2時間待ち、フィッティングで2時間待ちという反響となりました。
今ではデザインは22種類まで増え、会員数も10万人を超えました。
1回店舗で実測してしまえば、後はネット注文も可能です。
外国のお客様の反応も非常に良いので、今後は海外展開も視野に入れています。
数ミリ単位で仕上げるジャパンクオリティーの靴は世界中に通用しますし、特にアジアは日本人の足と似ているので展開しやすいのです。
女性が集まるイベントに参加して無料計測し、会員登録してくれればネットで購入できる仕組みも可能です。
日本の技術だから提供できるクオリティと共に世界にチャレンジして行きます。

取材を終えて・・・

まさに福谷社長は柳井社長の懐刀だったという印象が強い。
きっとこの世で誰よりも柳井社長の事を熟知されているだろう。
父の影響で商売は絶対にしないと、子どもの頃から固く心に誓うも、商売の神様はそうはさせまいとどんどん引きずり込んでいく。
面白おかしく当時の話をしてくれるが、根性と集中力はずば抜けている。
柳井社長からの無理難題と思える企業再生も、次々と成功の兆しまで導くも閉ざされてしまう。
数百店舗のFCを閉店していく時「もしM&Aされていなければ閉店せず商売を続けていたかもしれない」と思うと辛かったという。
この商売人を思いやる心は、やはりお父様から受け継いでいる商売人魂なのでしょう。
日本技術を背負った1足9,900円のキビラは、世界のキビラになる日も近いだろう。


プロフィール

福谷 智之(ふくたに・ともゆき)
株式会社キビラ 代表取締役

◆キビラホームページ
https://www.kibera.jp/

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