シルク・ドゥ・ソレイユのスキッピングロープソリストとして活躍したスゴい人!

縄跳びと出会って1か月後にはステージに

世界トップのエンターテイメント集団に合格!

「やりたいこと」と「できること」

本日登場するスゴい人は、世界トップのエンターテイメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」にてスキッピングロープ(縄跳び)のソリストとして活躍したスゴい人!
2003年「キダム」の日本公演でデビューし、以後13年にわたり42カ国(217都市)にて約4,000回の公演を果たした。
更に驚くことに、縄跳びを始めてからたった2年で世界トップのステージに立ったのだという。
なぜこれほどのスピードで活躍の場をつかむことができたのだろうか。

さあ…
スキッピングロープアーティスト
田口 師永様の登場です!

様々なものに興味を持った青年期

子どもの頃から運動は好きでした。
高校生の頃に、器械体操をやっていたので体操で食べていけないかと考えて、それは無理だという結論に至って。
進路の希望が漠然としていて、1年浪人して考えた結果、浪人中に体操指導のアルバイトをした経験から教えることも良いと思い、興味のあった体育系の大学へ進学しました。
進学後、卒業したら何をしたいのかと考えて、その時に興味があったのが映画や映像表現の世界だったんです。
大学の終わり頃から3DCGの専門学校に通って、アシスタントをしたりしていました。
その一方で、アルバイトでインターネット関係の仕事をして、映像をやりたかったので就職するつもりは無かったけれど、就職しないかと強く誘われて。
入社時から「表現の仕事をできるならやりますが、表現以外の仕事に異動があるのであれば辞めます」と言って、2000年1月、就職しました。

縄跳びと出会って1か月後にはステージに

その年の9月、後輩に誘われて、近くの公園で縄跳びを体験しました。
想像もしなかったような技を見せてもらってすぐに興味を持ち、僕にとって2つの魅力的な点があったので、やろうと決めました。
1つは、1年後の世界大会に出場できること。
もともと器械体操という競技スポーツをやっていたので、世界の舞台に立てる事はとても魅力を感じました。
もう1つは、ステージでエンターテイメント性のあるパフォーマンスもできるので、僕の目指す表現の世界の一つだと思ったこと。
1か月後、誘ってくれた彼が出るイベントがあり、当日に「のりさんも出ますか?」と言われて、出ることになったんですね。
その時の映像が残っていて、見るたびに「よく出たな」とは思いますが、出たことによってステージに立てるという具体的なイメージを持てたんです。
それからは1年後の世界大会を目標に練習しつつ、会社で働いていましたが、会社の状況の変化で最終的に営業にまわり、営業でも学べることはあるかと思ったけれど、やっぱり合わず、退職。
色々なことに挑戦しましたが、その根本には自分の中にあるものを表現したいという気持ちがずっとありました。
退職後、二人でチームを組んでエンターテイメントのパフォーマンスをしていこうと決めました。

目標だった世界大会、結果は…

世界大会に出ると、練習と大会は違って、自分が持っていた実力のすべては出すことができませんでした。
練習では当時の世界記録のレベルはできていたので、勝てるチャンスはあるかと思っていたけれど、そこまではいけませんでした。
目標としていた世界大会、種目別だけでも勝つことができたらと思いましたが、経験が足りませんでしたね。
練習をさらに重ねて、次に出るときは優勝したいと強く思いました。

世界トップのエンターテイメント集団に合格!

2002年の夏、2003年から日本ツアーをするにあたってシルク・ドゥ・ソレイユが縄跳びをできるアーティストを探していると縄跳び仲間からメールをもらって、とりあえず応募してみようと映像を送りました。
そうしたら合格の連絡が来て、「縄跳びの仕事だけに絞ってみよう」と。
その時はまだ、どれだけすごい事か想像できていなかったので、そこまで実感がなかったですね。
それからモントリオールの本部に行って本契約して、トレーニングを受けるのですが、トレーニングの一環で初めてシルク・ドゥ・ソレイユのショーを見て「すごい世界に来たんだな」と実感しました。

「やりたいこと」と「できること」

ショーの積み重ねでけがをしてしまって出られない時は、早く戻りたくて仕方がありませんでしたが、縄跳びをしていて辛いと思うことはありません。
自分がやりたいことをできない辛さというのは、会社員時代に感じていました。
辞める時に自分が望まない仕事、心から楽しめない仕事は我慢してやることではない、自分がやりたいことをやれるようにしようと思い、その後は縄跳びをみんなが憧れるようなステージでできて、とても幸せだと思っています。
自分ができることで、やりたいことができたら一番いいけれど、やりたい事だけでお金を稼いで食べていくのはそうそう簡単なことではありません。
その点で僕が良かったのは、縄跳び以外にも色々なものに興味があって、自分がやりたいと思っていたいくつかの仕事でカバーしつつ、一番やりたい縄跳びに力を注げたことです。
また一方で、そんなにやりたくなくても、できてしまう事もあると思います。
実はできてしまう事って、ものすごいアドバンテージなんです。
誰かにとってはやりたくても努力しなければできないことかもしれない。
それを既にできていることが、どれほどすごいことか気づけば、それもやってみたら良いんじゃないでしょうか。
できることは結果が出るし、周りから感謝されることも多く、周りからの評価が高くなる。
人から感謝されて評価されたら嬉しくなるし、仕事としてはやりやすいですよね。
僕の場合はスタートダッシュに成功して、始めてから1か月後にステージに立ち、1年後に世界大会に出て、2年後にシルク・ドゥ・ソレイユのステージに立つことができたので、悩むことや、辛いと感じる間もありませんでした。
周りの人から見たら努力していると思われるかもしれませんが、自分ではそう思っていません。
新しい技の習得や、記録を更新すること、パフォーマンスをよくするための練習だったので、努力しているというより、楽しいことをやっているという気持ちでした。

縄跳びを通じて得たものを伝えていきたい

僕の人生は、縄跳びを通じて世界が広がりました。
修業のためにアメリカやヨーロッパに行き、大会のためにも海外に行き、縄跳びで世界中の仲間ができました。
やりたいことを形にして見てもらえる場があって、自分も楽しめて、見ている人に楽しんでもらえる。
シルク・ドゥ・ソレイユに所属したことで、トップレベルの人たちと交流でき、ツアーショーで世界中の色々な場所に行って文化を経験して、好きなことで仕事を続けることができるのは、最高です。
そんな生活を十数年できたのは本当に幸せだったと思います。
ショーが終わって帰国して1年経ちますが、経験や思考法を電子書籍として出版することができましたし、今後も縄跳びに関わることをやっていけたらいいなと思っています。
僕にとって一番うまくできることは縄跳びなので、縄跳びを通じて得た経験を伝えることが誰かのきっかけになって欲しいという思いで、小学校などに教えに行ったり、話をしたりしています。
縄跳びの楽しさをきっかけに、自分の好きなものを見つけてもらえたら嬉しいです。

取材を終えて・・・

縄跳び、体操、3DCGやWEBデザインなど、一見すると全く関連性の無いように思える様々なものに挑戦された田口さん。
しかし、「自分の中にあるものを表現したい」というゆるぎない軸がありました。
また、ウォーミングアップからステージに立つまでの間にある程度のルーティンワークがあり、日々同じことを繰り返すことで汗のかきかたや体の温まり方など、小さな違いを感じ取り、調整することができる。ただ、すべてを同じにしてしまうとイレギュラーに対応できないから柔軟性を持たせないといけない、というお言葉に、プロの自己管理の緻密さを感じました。
縄跳びを仕事にして「幸せ」「最高」と仰るその表情が本当に素敵でした。

プロフィール

田口師永(たぐちのりひさ)
東京都出身。大学卒業後IT企業に就職。
2000年からスキッピングロープ(縄跳び)開始。
翌2001年には第3回FISAC世界ロープスキッピング選手権大会(韓国)に出場し、個人戦第9位を獲得。(アジアNo.1)
2002年には第4回FISAC世界ロープスキッピング選手権大会(ベルギー)に出場し、 団体戦男子の部 第3位を獲得した。
同年、「シルク・ドゥ・ソレイユ」との契約を果たし、2003年には「キダム」の日本公演でスキッピングロープのソリストとしてデビュー。
以降13年に渡り5大陸・42カ国・217都市にて約4,000回の公演を果たした。
◆オフィシャルホームページ http://www.siei.ne.jp/
◆著書『一流人の夢を叶える思考法』(Kindle版) http://amzn.to/2oaON4x

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