寛政元年(一七八九年)に創業し222年続く、老舗そば屋“更科堀井”
日本を代表するそば職人として世界でも活躍している堀井家九代目店主が本日登場する。
Food of AsiaやFood of Japanで日本を代表する料理人として世界に紹介され、韓国のウエスティン・ CHOSUNホテルには、彼の監修した蕎麦が提供される和食店が存在する。
順調に売り上げが推移する中、突如訪れた経営不振という落とし穴。
2年前に出した赤字から見事にV字回復させ、過去最高の売り上げを達成した。
業績をV字回復させるために行ったこととは?
さあ・・・株式会社更科堀井 代表取締役社長堀井良教様の登場です!
「人のやらないことをやることが大事」
私が32歳の時に、商品の品質を上げようと蕎麦を手打ちにすることを、当時社長であった父に提案しました。
肩がパンパンになるまで蕎麦を毎日打ちましたが、この規模のそば屋では手打ちをしているところはありません。
品質を追求しようとすると釜の茹で時間や店の整理整頓など仕事のやり方が整備されていきました。
この手打ちを始める前までは、客足が伸びないことを父のせいにしていた気持ちがどこかにあったのですが、自分が進言して手打ちにしてからは、考え方がまるっきり変わりました。
客足が悪い日があると、胸がズキンと痛むようになりました。全て自分の責任だと思うようになったのです。
お客様は本当に敏感で、手打ちをしていることを特に前面に押し出してはいなかったのですが、徐々にお客様が付いてくれるようになりました。
10年前の41才で店を継ぐことになってから、今から2年前に営業赤字を出してしまいました。この時は本当に大変で『なぜ赤字になったのか?』の原因がまずわからない。しかも、赤字が止まる気配がありません。毎日不安でたまりませんでした。
「なんとかせなあかん」と会計事務所と膝を突き合わせて毎月打ち合わせしたりセミナーを受講するなど、いつもアンテナを張り巡らせて経営が良くなることは何でもしました。
社内でも全社員と一対一で面談をして会社の状況を包み隠さず話し、チームで仕事に取り組む体制に変更しました。社員からも自発的に新メニューの開発や、週一回あったお休みを無休にするなどの提案があり、店の雰囲気が変わり、赤字が止まったのです。
それどころか昨年はV字回復をして、過去最高の売り上げを記録しました。
今から思い返すと、赤字が出ていた時は店を運営する上での改善点もあったのですが、私が本業以外の仕事に時間を割くことが多くなり、店にあまり顔を出さなかったことが主な原因だと反省しています。
今年初めて新卒社員を募集するつもりです。新しい発想を持った若い力で商品の新しい売り方を考えたり、
海外にも販路を拡大していきたいと考えています。
これからも身の丈にあった成長を目指しています。