日本人初! WBF世界クルーザ級王座を獲得したスゴい人!

山のように大きな男になれ」という意味を込めて当時の会長が『西島 洋介山』というリングネームを命名した。長きに渡り日本のクルーザー級のパイオニアとして活躍し、WBF世界チャンピオンにも輝いた。

ボクシングの世界からK-1、PRIDEのリングへの華麗な転身も果たした。

さあ・・・西島洋介様の登場です!

 

「情熱が全てのスタート」

家は特に貧乏でも裕福でもなく一般的な団地族。性格は ・・・内気です。

父が野球好きで幼稚園の頃から無理やりキャッチボールをやらされリトルリーグにも入りました。

人より練習をしていたので上達して嬉しかったのですが実は野球みたいな団体競技が苦手だったんです。

高校1年の時にマイクタイソンの試合をテレビで見て、ボクシングに興味を持ちました。

「これだったら自分にも出来るんじゃないか!」

と何故か強く思ったんです。当時の体重は80kg。タイソンなどのヘビー級は100kg近く。食べて体重を100kgに増やそうと思いました。ただ、素人なので食べ方もトレーニング方法も知らない。

結果93kgまでしか増えず・・・ただのデブ(笑)

通学時に電車の中でジムの看板を発見し、一番近かったのでそこのジムに入門しました。通い始めて間もない2ヶ月目でミドル級日本ランカーの先輩とスパーリングをしたところ、ボコボコにやられました。

パンチを避けることもできないし当たらない。心が折れそうになりました。

もう一度、タイソンのビデオを見て

「俺の目標はタイソンのように無敵になること!」

我武者羅に練習をしました。

高校3年生でプロのライセンスを取得し、卒業後すぐにデビュー戦。3RKO勝ち。

日本でヘビー級は珍しいのでメディアが取り上げてくれました。先輩ボクサーからしたら面白くないので

ジムで無視されましたが、克服するにはとにかく強くなるしかない。

 

そのうち、かつてボコボコにされた先輩ボクサーも倒せるようになり、ジムの雰囲気も少しずつ変わってきました。アメリカにも行きましたが、特に大変な思いはしていません。逆に沢山の知り合いが出来て楽しかったです。

ボクシングを通して沢山の仲間が出来ました。

世間知らずの自分を支えてくれて、困った時には必ず助けてくれる仲間です。

だから自分の中には苦労話は無いのです。情熱が全てのスタートだと思います。熱意があれば自然と努力するし、努力すれば自然と実力もつきます。

情熱を持って、物事に取り組んでみてください。きっと良い結果も付いてきますよ!

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