トライアスロン経験者で知らない人はいないであろう。
“CEEPO”
そう、日本が誇る世界的に認められたトライアスロン専門の日本の自転車メーカー。
ある男の決意が、この会社を生んだ。
好きが高じてビジネスになった。
好きだからこそ情熱を傾け続けられた。
どんどん増えていくCEEPOライダー。
さあ・・・株式会社CEEPO International代表取締役 田中信行様の登場です!
「自分が理想とするものを追求し続ける」
高校2年の時、水泳部の友達と泳ぎに行ったら僕の方が早かったんです。高校2年3月から水泳を始め、6月には京都で3位。それをきっかけに僕を悩ませていたいじめがなくなりました。
大学時代、関西では連勝。全日本でも3位。
卒業後、輸入商社の営業マンとして就職した会社が30歳の時に倒産。
会社更生法でラコステ部門が投入され、課長をやらせてもらい、5年で150億を売り上げる程順調に進み、子会社の社長時代、リーボックからヘッドハンティングを受け転職をしました。
そしてその頃、結婚。
気がついたら体重が90kg以上になっていました。
ダイエット目的で水泳を再開。マスターズ水泳協会に誘われ、ゴールしたら1500mの日本記録。
その後、3種目で日本記録を樹立。
そんな僕を見ていた友達からトライアスロンに誘われ、38歳でデビュー。
水泳部門は1位。補給をとる事さえ知らない素人でエネルギー切れをしましたが、総合8位。
フロリダで5位となり、憧れのハワイ出場の権利を獲得。
昔からトライアスロン専用バイクが欲しかったんです。
大手はマーケットが小さいから作らない。
リーボックを退社し無職の時、美味しい食事があるからおいでと誘われ、友達のパーティへ。
そこで自転車の素材として使われるカーボンメーカの台湾人社長と出会い、想いを伝えたら自転車作りに協力してくれました。
2003年11月東京自転車ショーでデビュー。
ショーが終わりライトエースに自転車2台を積み込み、青森から鹿児島まで車で営業。
86件回って40件注文をとったんです。良いと思って作っていたけど、今振り返るとよく買ってくれたな、と思います。この40件の人達への恩義は一生忘れません
2004年の宮古島では8台、2010年は212台が走りました。
辛い事は沢山ありますが、どんな問題も思い入れと一生懸命さがあれば仲間や時が必ず解決してくれます。
トライアスロンの聖地、ハワイで1番乗られる自転車(世界一)を目指します!