【中畑 清】アテネ五輪野球日本代表監督を務めたスゴい人!

中畑 清

本日登場するスゴい人は、読売ジャイアンツ黄金時代に一塁手として活躍した、元プロ野球選手。
1982年から1988年まで7年連続でゴールデングラブ賞を受賞。
アテネオリンピック野球日本代表のヘッドコーチから監督に就任し、日本代表チームをメダル獲得へ導いた。
2012年から2015年は横浜DeNAベイスターズの監督に就任し、野球界を盛り上げたことも記憶に新しい。

さあ…
横浜DeNAベイスターズ
元監督
中畑清様の登場です!

「人間は一人では生きてはいけない」

最初に野球をやったのは幼稚園のころ。
バットやグローブがなくてもボールさえあればできるので、野球を通じてたくさんの友達が出来ました。
子どもの頃から「プロの選手になりたい」という夢はありましたが、本格的に思ったのは駒澤大学に入ってから。
大学で色々なポジションを経験したことで、さらに野球のおもしろさを知りました。

1975年にドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。
怪我がきっかけでサードからファーストにコンバートされました。
大好きだった長嶋茂雄さんのポジションをルーキーの原辰徳さんに取られたときは、挫折感を味わいました。
しかし、プロはファンを「楽しませる」ことが一番大事。
話題性があった原さんがサードに選ばれたのは正解だったと思います。
それに、結果的にはファーストにコンバートされたことで、ジャイアンツの黄金時代のメンバーとして活躍することが出来ました。
怪我をしたのも天が与えた試練であり、挫折を経験できたのも神様のおかげです。
野球はやり直しができるスポーツです。
たとえピッチャーが打たれても、次の打席で仲間が打てば挽回が可能。
そのためには選手同士が信頼し合い、チームがひとつになることが大事。
「あいつが打たれたから…」などと責めたくなりますが、チームではその行為は一番してはいけないことです。

横浜ベイスターズ在籍時の4年間は「絶対にあきらめない」というつもりで走ってきました。
良い成績は残せませんでしたが、ベイスターズのファンが増えたことは私の財産です。
思い浮かべていた監督像は出来たつもりなので、悔いはありません。
今は休憩中ですが、以前のようにオリンピックから声がかかれば、いつでも引き受けられる準備はしています。
オリンピックのプレッシャーは想像を絶するので寿命も縮みますが(笑)
またそれを経験したいという気持ちもあります。

人間は誰も一人では生きてはいけません。
ウサギは「一羽になると寂しくて死んでしまう」と言われていますが、ウサギのようにたくさんの仲間に囲まれて一生を過ごすことが大切です。
そういう意味で「みんなでウサギさんになろう!」というメッセージを伝えたいです。

人は財産なり。
人生の財産は「自分の理解者を一人でも多く作る」ことだと思っています。
私は自分の生き方が大好きなので、それを真似してくれる人がいたら嬉しいですね。

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