【金原 弘光】リングスで12連勝を記録し最後のエースと呼ばれた総合格闘家!

金原 弘光

日本の総合格闘技の原点、UWFインターナショナル!
このリングで闘い、頭脳的なファイトスタイルからUWFの智将と呼ばれたスゴい人が本日登場する。
戦いの場所をリングスに移した後に、12連勝という記録を樹立!
その後、PRIDE、パンクラス、HERO’S、DEEPと22年間現役で戦い抜いてきた!
彼が格闘技に目覚めたきっかけとは?
さあ・・・総合格闘家 金原弘光様の登場です!

「真面目に取り組み続ける」

日本全国がプロレスブームの時代に育ち、友達の影響でプロレス好きになりました。
中学3年生の頃、新日本プロレスのパンフレットに書かれていた
「君もプロレスラーになれる!」
のフレーズを見て、心が躍ったのを今でも覚えています。
地元愛知県に来たプロレス興行を初めて生で見た時、自分と同じぐらいの体格のレスラーが何人かいて、「もしかしたらプロレスラーになれるかも知れない!」と、手が届かないと思っていた夢がちょっとだけ近くにあると感じました。
新日本プロレスが大好きだったので、どうしたら入門出来るか新日本プロレスに電話して聞きました。
そうしたら、年に1回のプロテストに合格するか、都内にあるプロレス学校に通いながらプロテストを受けて下さい。
と言われたのです。
親からは大学進学を勧められていたので大学の推薦も受けていたのですが、どうしてもプロレスラーになる夢を忘れられない。
父親が仕事から帰ってくるのを見計らい、毎晩毎晩、許しが出るまでプロレスラーになりたいと訴え続けました。
頑固な父も僕の熱意を受け止め、許してくれて、高校卒業と同時に上京し、新日本プロレス学校に入学。
漫画の様な風呂なし共同トイレのおんぼろアパート。
昼間は道場で地獄の猛特訓をして、夜は毎晩アルバイトの日々です。
最初の年のプロテストを受けるも、不合格。
更に一年、血反吐が出るほどの猛特訓をして迎えた2年目のプロテスト。
当時、倍率は100倍!
努力もむなしく不合格。
途方にくれそうになりました。
そんな時UWFが解散し、高田延彦さんが旗揚げしたUWFインターナショナルを受けてやっと合格!
スクワット1000回、腕立て伏せ何百回。
これを毎日やるのは体が辛かったです。
合宿所に戻ると、先輩のお世話で料理を作ったり、掃除、洗濯。
体を休める時間なんてありませんでしたね。
過酷な環境に負けずにトレーニングを続け、3年後、21歳の時に両国国技館でデビュー出来ました!
そこから22年、我武者羅、格闘技生活!
僕は根が真面目なんです。
才能とかセンスはそれ程ありません。
ただひたすら、コツコツと練習して来ました。
真面目も極めれば才能です。
今の総合格闘技を作ったのがUWFだというのをもう一度皆さんに思い出して貰いたくて、3月9日に後楽園で絶対に実現不可能と言われていた対戦カードを組みました。
それが、僕の総合格闘技ラストマッチ!
支えてきてくれた皆様へ僕なりの恩返しです。

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