【吉元 由美】OLから転身し名だたる大物アーティストにも楽曲提供するスゴい作詞家!

吉元 由美

80年代のアイドルや杏里などの楽曲を数多く手がけ、あの大ヒット曲「Jupiter」の作詞をしたスゴい人が本日登場する。
子供の頃からちょっと個性的ではあったが、作詞家になるなんて、夢にも思わなかった。
そう彼女は語る。
大学から広告代理店に入社し、普通のOLとして事務職をやっていた。
でも、これは自分がやる仕事ではない。
自分の使命ではないと感じていた。
その時に同じ会社にいた「ある人」の言葉をきっかけに、「作詞家」を目指すようになる。
決意から僅か2年後に作詞家デビューを果たし、数々のアーティストの詞を手がけることとなった。
そして、2003年に平原綾香のデビュー曲「Jupiter」の作詞を手がけたことをきっかけに、彼女の知名度は不動のものとなった。
彼女はどのようにして、OLから有名作詞家へと転身を遂げたのだろうか?
さあ・・・作詞家 吉元由美様の登場です!

「生きるとは才能を活かすこと」

誰に教えられていた訳ではないが、小さな頃から「人は誰でも才能があり、それを活かすことが
“生きる”ということ」だと感じていた。
周りからは「ちょっと変わった女の子」と言う印象を持たれていたが、それが自分では「個性」だと思っていた。
「この個性を活かし、何か使命を持っているはず」と感じていたが、自覚していたことは2つだけ。
「アイデアを出すのが得意」で「プロデュース能力が高い」ということ。
でも、学生生活を通じて、「自分の使命とは何なのか?」ということは結局見つからなかった。
大学を卒業し、何となく「クリエイティブな仕事」というイメージだけで広告代理店に就職した。
でも、会社では事務作業の日々・・・。
「自分がやるべき仕事ではない」と感じていた。
そんなときに、転機が訪れた。
会社の先輩で後にコピーライターや作家として活躍する「売野雅勇さん」と出逢い、こう言われた。
「君は変だから、作詞家になりなさい」
自分の個性が認められたと感じ、「作詞家になろう」と決意した。
そこからは、同僚がプライベートを楽しんでいるのも尻目にひたすら勉強をした。
情報のない時代、とにかく本を読み、映画を見て、感性を磨く。
素晴らしい楽曲については、詞の一部を入れ替えたりして試作してみたり、「写経」と称し、繰り返し書き続けた。
2年後に大手プロダクションの紹介を受け、アイドルのアルバム曲2作品を依頼され、作詞家デビュー。
同時に会社も辞めてしまった。
安定を考えればOLを続けるという選択肢もあったが、「生活を守るような保険を捨てなければ、大きなものをつかめない」と感じたからだ。
しかし、当初は仕事の依頼が安定せず、収入はOL時代の半分以下。
でも、意外なほど落ち込むことは無かった。
作家人生の中で、「もうダメかも」と思ったのは1回、それもたった2時間だけ。
常にポジティブに考える。
もし、落ち込むようなことがあっても「ジャンプする前には必ずしゃがむ」、八方塞がりな状態でも「でも、他に道はあるはず」と思う。
そして、あの名曲“Jupiter”に出逢う。
夢を実現するためには、
「あきらめないこと」
「人に誠実にあること」
「謙虚であること」
「感謝すること」
自分を信じてさえいれば、周りの助けを借りて、何でも実現できる。

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