【岡田 士郎】一世を風靡した伝説の失神バンドのスゴいギタリスト!

岡田 士郎

皆さんは、井筒監督の作品である映画「パッチギ」をご存知だろうか?映画の冒頭でバンドのボーカルが失神して観客もドミノ倒しの様に失神するシーンがある。このライブシーンのモデルは、伝説の失神バンドオックスのライブであった。本日は、オックスのギタリストが登場する。

グループサウンズ全盛期の1968年にデビュー。楽器を壊し、アンプを倒す、失神するなどの、過激なパフォーマンスが話題になり、瞬く間に女学生達の間で大きな話題を集めた。人気バンドのギタリストの生き方とは?音楽にかける思いを聞かせていただきましょう。

さあ・・・株式会社モッズ代表取締役、岡田士郎様の登場です!

「相手の欠点を受け入れる」
父は材木屋を営み、家はとても裕福でしたが、台風で全て流され一気に一文無しになりました。私は、裕福な生活を全く知りません。
靴の底には穴が空き、ガソリンスタンドの裏にあるベニヤ板で出来た隙間風が入る小さな家に住んでいました。
風呂はドラム缶。豆腐屋でおからを貰い、畑できゅうりを貰うなどして生活していました。当時は貧しいとは思わなかったけど、今思えば酷かったね。

小学校4年生から小さなギターを弾き出して、小・中学校の修学旅行ではいつも先生に指名されてギターを演奏していました。

高校生の時に、仲間を集めてバンドを作りました。それぞれ違う高校に通っていたけど夜は京都のジャズ喫茶で隠れて演奏。18歳未満は出演がNGだし学校にばれたら退学だから、坊主頭にカツラを被って変装して演奏していました。深夜のライブを終えて、そのまま授業へ行く事もありましたね。まさに、「パッチギ」の映画の世界そのままだったよ。
オックスを解散後、憧れのアメリカへ行きました。サンフランシスコの道端でギターを弾き、ヒッピーもやったよ。
当時のアメリカは凄く輝いていました。プレスリーも生で3回も見られたし、何より、発表される音楽チャートが新鮮でしかたなかったね。

30歳でマックエンタープライズというプロダクションを作り、所属者数は総勢200名を超えました。しかしある日、ビーイングの長戸大幸氏と出会い、考え方がガラリと変わりました。
今迄は、芸能人視点しか無かったのですが、単にヒット曲を作るのではなく作品のクオリティーにこだわり続けている集団がいる事に感動して、1週間後には会社をたたみ長戸氏とビーイングアソシエーションを立ち上げました。

その後、「ケントス」というオールディーズのライブハウスのプロデュースに携わり、北海道から沖縄まで26店舗立上げのサポートもしました。
常に、自分の中にあるノウハウを全力でぶつけて仕事に取り組んできました。
自分にないものを持っている人にどんどん惹かれ、刺激のある人を巡り歩いた人生だね。自らの欠点をさらけ出し、相手の欠点を飲み込めば、相手が凄くいい人になるでしょ。その甲斐があり、今では全国に沢山の仲間という財産があります。
人を活かし合い続ける事が一番のプロデューサーだと思います。まだまだ仲間達と人生を愉しんでゆくよ!人生いつもスクラッチ(ゼロから)さ!

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