【大山 峻護】シンガポールと韓国の2カ国でチャンピオンの座を手にしたスゴい格闘家!

大山 峻護

柔道一直線の男がPRIDEという夢の舞台に立ち、華々しくデビューを果たした。

しかし、人生は順調なことばかりではなく、もがき苦しむ時期が続いた。

その中で得たある気づきが彼を変えた。

その後、シンガポールで開催された“マーシャルコンバット”や韓国開催の“Road FC大会トーナメント”で見事優勝を収めた。

苦しんだこと全てに意味を見出し、前向きに捉えていく姿に人は感動するのだろう。

さあ・・・格闘家、大山峻護選手の登場です!

 

「時間を掛けて手にした信念」

子どもの頃からヒーローや正義の味方が大好きで、『ジャッキーチェンになりたい!』と思っていました。

母に、「ジャッキーになれる」と町の柔道場に連れて行かれました。

人見知りが激しく、柔道も好きになれない。しかも、キックもパンチもない。

だけど、ある時、先生から「背負い投げが上手いな」という言葉を掛けられ、一瞬で柔道が好きになりました。

古賀さんに憧れ、講道学舎に通いましたが、全国から集まる猛者の中では底辺です。

講道学舎時代、最大の目標は同級生の瀧本選手。彼は大学2年で古賀さんから勝利を収め優勝した男。強い男しか認めない瀧本選手を認めさせたい。必ず同じステージに立つ!と決心しました。

大学最後の全日本学生体重別選手権で決勝戦の相手は、なんと瀧本選手!負けはしましたが、自分の願いは叶いました。

PRIDEの桜庭vsホイスグレイシーの試合を見て全身に鳥肌が立ち、絶対に自分も同じリングに立つ!と決めました。

僕の武器は、微塵も疑いを持たず成功のイメージを作ること!

数々の試合に出場し、1年後に夢の舞台であったPRIDEへ。

しかし、それが長く苦しい時代の始まりでした。試合は組まれるのですが、全く結果が残せない。最後の試合でも、勝つことができませんでした。

PRIDEを離れ、潮が引く様に人が離れていった時、同じ距離でいてくれる仲間に感謝の気持ちが自然と湧き上がりました。

肩書きではなく、自分の人間性を気に入ってもらえる様に自分を磨く努力をしました。

ある時、子供の頃の夢をそのまま持って大人になってる自分に気付きました。

『ヒーローから貰った感動や勇気を自分の試合を通して伝えたい。』と思いました。

それから、試合に取り組む意味合いが変わりました。心が充実すると自ずとチャンスもやってきます。

昨年、PRIDEトップファイター、デニスカーンに勝利しプライド落第生の自分が10年経って、やっと卒業証書を貰った感じがしました。あの辛い時代をやっと消化する事ができました。

途中で諦めることは、ヒーローになりたいと思っていた子供の頃の自分を裏切ることだと常に思ってます。

子どもの頃、「前田日明選手に認められる男になる」と夢日記に書いたか弱い大山君。

彼に大丈夫だよ!と言ってあげたい。

先日、前田さんから励ましの電話があったからさ。

諦めなければ夢は必ず叶う!

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