【嶋田 雄大】日本人現役最年長でプロのリングで戦うプロボクサー

嶋田 雄大

第49代日本ライト級チャンピオン。日本タイトルを5回防衛し、世界ランキング6位まで登り詰めた。

37歳が引退と決まっているボクシング業界で、本日登場のスゴい人!は40歳のプロボクサー。

日本ボクシングコミッションが例外として認めている、日本で最年長の現役プロボクサーである。ボクシングに対するぶれない軸はどのように作られたのか?

さあ・・・プロボクサー、嶋田雄大様の登場です!

 

「決してぶれない軸」

 

野球少年で、小学校ではずっとレギュラーでした。

中学では背番号18番。挫折を味わいました。

柔道の授業では血が騒ぎ、真剣に練習したら茶帯が取れました。

昔から“1対1で戦う”ということに、強い興味があったのだと思います。

高校1年の時、テレビでマイクタイソンの試合を見た瞬間、バチッ!と電気が走りました。

「俺はこれになる!」

放送後の深夜、外は雪でしたが身体を動かしたくなり、走り出しました。田舎だったのでボクシングの環境がなくまずは、基礎体力をつけるためレスリング部へ入部しました。

卒業したらアメリカに行くと決め、高校3年間、この思いを誰にも伝えず早朝から深夜まで身体を鍛え続けました。

進路面談の朝、初めて母親に「アメリカでボクシングをやる」と伝えた時、母は何とも言えない表情でした。

卒業後、アメリカに行く準備を始めました。現地の日本人が読む新聞を取り寄せ、求人先に手紙を書き続けましたが音沙汰なし。

ある夜、アメリカ行きに反対していた母が頼んでもいないのに求人先へ国際電話を掛け、息子を雇ってくれないかとお願いしてくれました。

そうしたら、受け入れ先が見つかったのです。

あの時の嬉しさといったらありません。母には今でも感謝をしています。バイトをしてエアーチケットを買い、成田から飛び立つ時は、夢に見たアメリカに行けると感無量でした。

タイソンのジムへ行き交渉しましたが、とんでもない金額を要求され断念しました。

アメリカにいた1年半はアルバイトとジムの往復です。

本当に貧乏でしたが、ボクシング生活は充実していました。日本に帰る時、大屋さんから突然、貯金通帳を渡されました。「これを持って日本で頑張れ!」家賃を全て貯金してくれていたのです。

日本では朝夕と新聞配達をし、ジムに通う日々。僕は敢えて辛い環境に身を投じました。25歳でデビューし、日本タイトルで3回負けたら辞めると決めてリングに立ち、日本タイトルを獲得しました。

それから6年間無敗でした。試合から遠ざかっていたら突然世界ランキングから外れ再出発の第一歩が今年の1月11日の試合です。この試合に勝ち、3度目の世界王座にチャレンジします。

何事も諦めたら終わり。

小さい事を突き破り続ければ絶対に壁は越えられます!

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