【海老沢 勝二】日本最大の放送局で会長職に上り詰めたスゴい人!

海老沢 勝二

サラリーマンなら一度は思い描く夢。
『出世すること』
その過程では、不遇とも思える人事を経験し涙を飲むこともある。
本日は、NHKという大企業の中で会長職に上り詰めた、スゴい人!が登場する。
NHKアーカイブスの創設、ハイビジョンの普及、国際エミー賞の経営者賞の受賞など数多くの功績を残した。
しかし、会長になるまでの道のりは決して平坦なものではなく、自らが望まないポストへの人事異動も経験した。
不遇とも思える時代をどのようにして乗り越えたのか?その秘訣を教えていただきましょう。
さあ・・・NHK元会長、海老沢勝二様の登場です!

 

「不遇の時こそ踏ん張り時」
NHKに入社して最初は福岡と大分で6年間一兵卒の記者として働きました。地方の記者は、取材から撮影まで何でも1人でこなさなければならず、ここで仕事をする上での力が身に付きました。
その後東京に戻り政治部の所属になり、部長を目指して仕事をしていたのですが、ある時突然、九州・沖縄全体の責任者である報道課長の辞令が発表されました。
良いポストでしたが、地方への転勤です。『政治部長を目指していたのに』と落胆もしました。しかし、私は元々切り替えが早いタイプです。
数分で切り替えて転勤を了解し、翌日には九州に異動をしました。
この転勤の間が最も勉強になりました。
九州にいる時は、その土地を好きになって、惚れ込みました。生活する人の何かの役に立てる情報を1つでも多く提供しようと努めた。
自分では不遇と思われる時代、望んだポストにつけない時。その時が勝負の時です。
多くの人は膨れ面になって、手を抜いてしまう。
ピンチはチャンスです。1つ1つ乗り越えることが重要です。
45歳の時、私は元々政治家になりたいと考えていたのですが、家庭の事情で、政治家を諦めました。そこで目先を変えて、心機一転NHKの会長を目指そうと決めました。
そこから18年の歳月を経て、63歳で会長になることができました。
働いている中で大切にしていたことは、人の足を引っ張ったり、悪口を決して言わないこと。
そして、物質的にも精神的にも貸し借りをしないこと。貸すと相手は負担に思い、借りると自分が相手に対して、負い目を感じてしまいます。いつもイーブンな関係作りを心がけていました。
さらに、世界に目を向けて仕事をすること。日本という国の良さは、他の国を知り、違いを知る中で理解ができます。そのためにも、本を読み、人と話をし、旅をすることをお勧めします。
自分が望まない、不遇の時代もあると思います。でも、そういう時こそ、
あきらめないで、痩せ我慢して頑張ってみてください。日の目を見る時が必ずきますよ。

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