【松本 隆博】社会貢献的エンターテイナーとして若者を元気にするメッセージを届けるスゴい人!

松本 隆博
シンガーソングライター、社会貢献的エンターテイナー松本隆博(まつもと たかひろ)
そのスゴい人!の弟は言わずと知れた日本を代表し、日本のお笑い界を背負う、ダウンタウンの松本人志。
松っちゃんのお兄さんが本日、登場!そして、語ってくれた。 "人生は自分次第。"
大手企業グループのIT関連企業取締役をつとめていたが、個人で受けた仕事の量が増えたため独立。
今迄の人生を振り返った時、親や周りの誰かに相談した時「やらんほうがいいよ」という言葉に従い続けた人生だった。人生、1回ぐらいは挑戦させろと思い45歳で独立を決意!
現在は独立し学校などで若者を元気にする講演会や作家活動、ライブ活動など精力的に行っている。
さあ・・・松ちゃんのお兄さん松本隆博様の登場です!

「45歳からのチャレンジ」
スポーツ嫌い勉強嫌い声が小さい、友達作りが下手。先生からも名前を覚えてもらえない。好きなことは人間観察クラスでは目立たない存在でした。
小学校2年生の時、担任の先生が「給食の時間持ち回りで前に出て何かしよう」と提案しました。「今日は松本君やな!」その瞬間頭が真っ白になりました。とりあえずやらなあかんから前に出たんです。
そしたらみんなが笑ってる!?

緊張のあまりフォークを持って前に出た姿が面白かったんでしょうね。発作的にマイク代わりに使い 由紀さおりの"手紙"を 熱唱したんです。生まれて初めてめっちゃウケた感触。お笑いにハマり弟と毎週吉本へ通いました。中学1年生の時の文化祭で漫才をしましたが、フォークギターの人に人気が集中。 漫才してても女子にもてないじゃないか!

その日の晩 親父に頼み込み質屋でギターを買ってもらい友達に内緒で練習しまくりました。
近所の人はみんなお笑い芸人になると思っていましたが、家が貧乏で僕だけが大学に行かせてもらいました。姉も弟も高卒・・・当時、お笑い芸人になるのは親不孝な時代。
自分の夢を叶えるよりも親の期待に応えようと信用金庫に就職しました。僕がお笑いをやっていたら弟を超えていたでしょうね(笑)

転職し、社内ベンシャー制度で会社経営もしました。今迄、相手の意見に左右された人生でしたが、
1回ぐらい挑戦させろ! という気持ちで、45歳の時に独立しました。
僕は三流の大学しか出ていないのに就職をし、結婚をし、家も買えた良い時代を過ごしてきました。
それは先輩達が素晴らしい日本国を作ってくれたおかげです。こんな社会にしてしまったのは僕等の責任でもあり、若者に対して申し訳ないと思っています。
こんな社会だけど結局は自分次第。ふてくされた方が負け。
ふてくされず、素直に、笑顔に、真面目にやっていたら、絶対に良い事があるのです。

あの時、お笑い芸人にならなかったから、今!自分らしい表現が出来ているのだと思います。

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