日本発のチョップドサラダ専門店を拡大し続けるスゴい人!

高校は1年生の1学期で中退!単身アメリカへ

お客様から握手を求められた感動体験

美味しいものをお腹いっぱい、これが飲食の真髄

本日登場するのは、日本発のチョップドサラダ専門店を立ち上げ、急速に拡大を続けるスゴい人!
2014年に第1号店を麻布十番に出店、3年の間に恵比寿、六本木、代官山、広尾と人気エリアに立て続けに展開しているサラダ専門店をご存知だろうか。
脇役のイメージがあるサラダをメインディッシュにし、今では女性だけでなく男性の主食としても大人気だ。
高校入学早々、中退したことが今でも心に残る大きな挫折だという。
そこから人気店を展開し続ける現在に至るまでには、どんなドラマがあったのだろうか。

さあ…
株式会社クリスプ
代表取締役 宮野 浩史様の登場です!

高校は1年生の1学期で中退!単身アメリカへ

小学生の頃は活発で、クラスの中心にいるような少年でした。
しかし高校に入ってからは友達もできず、1年生の1学期早々に中退することになりました。
私の長所でもあるのですが、嫌なことはすぐに忘れます。
本当に心から消えるほど忘れてしまうんです。
高校の頃の事はほとんど思い出せないので、すごく嫌だったのだと思います。
千葉の田舎で育ったのですが、兄が東京にいたため頼ることになり、飲食店でバイトをして暮らしました。
そんな生活を親が心配し、父が昔単身赴任していたアメリカ・サンフランシスコに留学させてもらえることになりました。
一般的な家庭でしたが、資金面でも支えてもらい、親に感謝しています。
渡米した当初は英語も全く話せませんでした。
近くの教会で、無料で英語教室のようなものが開催されていることを知り、そちらに通うようになりました。
初めは周りに話しかけられても何も答えられず「もういい」という素振りをされることも。
しかし通い続けることで次第に英語も話せるようになり、人との交流も生まれました。

アルバイトのはずがビジネスパートナーに?

高校を卒業したばかりの頃で大学進学を迷う中、日本企業の海外出店を支援している知人から「仕事を手伝ってくれないか」と言われました。
普通、18歳くらいの若者が手伝うと言えば、その会社のアルバイトや社員になるという意味ですよね。
ですがその知人は「ビジネスパートナーとしてやりたい」と言いました。
日本企業が甘栗を販売していたのですが撤退することになり、それを引き継ぐという話でした。
そこで「やる!」と決断したこと、その知人に出会ったことが、その後の人生の大きな転機となったと思います。

栗が大ヒット!しかしスタイリッシュへの憧れが

この栗は大ヒットしました。
栗を持って日系のスーパーを周り、お店の前で販売させてくれないかお願いしていきました。
お店側もイベントを欲していることが多いため、多くのお店が快諾してくれました。
30万円くらいする栗を焼く大きな機械を使うのですが、日本からは手荷物で飛行機に乗せるのが一番安く、何度も持込で運びました。
日本人はすごく懐かしがって買ってくれて、アジア人も栗は好んで食すのです。
日本びいきのアメリカ人も購入してくれて。
留学生の日本人を雇って、最大15箇所くらいで販売していました。
大ヒットはしたのですが、栗って土だらけだし、輸入の過程で半分くらい腐っていて臭ったりして、もう少しスタイリッシュなことに憧れを抱いていました。

スイーツへ転身、でもカッコイイ仕事は敵も多い

スタイリッシュさを求めてスイーツの販売に転身しました(笑)
デパ地下の小さなスペースを契約しましたが、店舗改装を手伝ってくれる人もいなく、自分でペンキを塗り、IKEAで家具を買い、水道の配管まで自分でやりました。
後でよく水が漏れていたものです。
ようやく始めたカッコイイ仕事ですが、そういう仕事はやはり競合も多いんです。
アイスはカッコイイけど売れない。
ちょうどその時期にビジネスパートナーが突然亡くなり、日本へ一旦戻ることを決意しました。
21歳くらいのときで、当時はまたすぐアメリカに戻ろうと考えていました。

はじめての会社員体験

タリーズに入社することになるのですが、日本の会社のルールも知らず、面接にはスーツも着ないで行きました(笑)
担当の方から「もし二次面接に進むようでしたらスーツで来てください」と言われ、初めて気づいたくらいです。
自分の力で栗をヒットさせたという自覚もあり、すごく自分に自信があった時期です。
店長候補で入りましたが仕事に納得がいかず、創業者にまでメールを送っていました。
それでなぜか気に入っていただけていて。
タリーズ内に緑茶部門が立ち上がり、そちらに異動することになりました。
「あーだこーだうるさいから、あっち行ってろ」という感じもあったようです(笑)
最終的にその事業は買収されるのですが、あまりうまく行っていない事業だからこそ、様々なチャレンジをさせていただきました。
しかし、事業を進めるにつれハンコをもらいに回るだけのような立場になり、自分で会社を興そうと決断しました。

お客様から握手を求められた感動体験

初めて立ち上げたのはサラダ専門店ではなく、メキシカンのファストカジュアル店です。ファストカジュアルとは1,000円〜1,500円くらいでファストフードよりは少し高いけど、こだわった食材を使っているようなお店で、アメリカでは主流です。
アメリカにいた頃食べていたタコスやブリトーの味が忘れられず、自分も食べたいと思い出店しました。
メキシコ人の作るメキシカンは日本にも多くあるのですが、アメリカ人の作るメキシカンの味はなかったのです。
それをアメリカの方々が気に入ってくださって、ある時お客様から「10年間この味を探していた。アメリカに戻ったようだ」と言われ、握手を求められました。
コーヒーの販売ではここまで感動していただくことはできません。
その出来事が心に残り、そういう人が何度も来たくなるようなお店を作っていきたいと思うようになりました。

美味しいものをお腹いっぱい、これが飲食の真髄

次なる展開を考えていた時に目をつけたのがサラダです。
サラダって脇役のイメージがありませんか?
更には、お肉を食べ過ぎだから野菜を摂らなきゃとか、積極的に取るイメージがなかったのです。
あのお店のサラダが食べたいから行くとか、あまりならないですよね。
でも海外ではサラダは主食としても積極的にとられています。
そんなお店を作りたかったのです。
実はクリスプ・サラダワークスでは、ヘルシー、ダイエットといった事は一切謳っていません。
スムージーやマクロビ等が流行っていて、コンビニでも低糖質のものが人気ですが、どこか我慢して食べているイメージです。
もしくはとても値が張るか。
しかし元々飲食店とは「美味しいものをお腹いっぱい」食べて満足する場だと思うのです。
クリスプ・サラダワークスのサラダは、味も量も十分満足できて、結果ラーメンを食べるよりヘルシーだった、ダイエットになっていた、そんな風になればと思っています。
やりたい事が見つからなくても、目の前の事に真剣に!
やりたいことに早い段階で出会えている人なんてほとんどいませんから、焦る必要はありません。
目の前にあることに精一杯取り組むことが大事です。
一生懸命頑張っていることを必ず周りは見ています。
いざやりたいことが見つかった時、見てくれていた人たちは必ず応援してくれます。
頑張っていない人は、いざという時に味方になってくれる人が少ないかもしれません。
目の前の事に真剣に取り組んでいきましょう!
私自身も今できることを精一杯やっています。

取材を終えて

私自身クリスプ・サラダワークスのファンで、週に3回食べることも。
何を食べようかなと考えた時、身体のためにと我慢して選択するのではなく、あのサラダが食べたいから食べるという存在になっている。
メニューにはパンやスープもなく、ただただサラダだけ。それなのに十分満足できる。
これはスゴいことだと思う。
明確なコンセプトがあり、立ち位置も対象者も明確だから、宮野氏の手がける店舗はジャンルにかかわらず根強いファンがつくのだろう。
話題のUberEatsでも大人気となっている同店だが、体験まで含めて考えられている実店舗にぜひ足を運んでみていただきたい。

プロフィール

宮野 浩史(みやの・ひろし)
株式会社クリスプ 代表取締役社長

18歳にして米国カリフォルニア州にて天津甘栗の輸入・製造販売・ライセンスを手がけるHot Pebbles, Inc.を設立。約1年で15店舗・年商200万ドルのビジネスに育てる。その後シカゴで日本人向けジェラート・タピオカドリンク専門店「Tapito」をオープン。
2004年、日本に戻りタリーズコーヒージャパン株式会社に入社。エリアマネージャーとしての運営管理を経て、事業責任者に就任。同ブランドの収益改善に貢献。
2009年、フリホーレス株式会社を創業。日本初のブリトー専門店を麻布十番に開業。「東京に住む欧米人に最も愛されるレストラン」として、ファストカジュアルレストランのカテゴリを切り開く。5年で4店舗・年商約3億円の企業に育てる。
2014年、日米の文化や商習慣・消費者心理の知識と経験に加え、豊富なチェーンオペレーションマネジメント経験を武器に、カスタムチョップドサラダ専門店「CRISP SALAD WORKS」をオープン。

◆クリスプ・サラダワークス
http://www.crisp.co.jp/

◆クリスプAPP
 

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