日本人ならどこかで必ず目にしたことがあるであろう手塚治虫氏による漫画「ブラックジャック」。連載50周年を記念して、舞台製作が進んでいる。ブラックジャックの声優として、今やその表情や仕草さえブラックジャックに重なって見える大塚明夫氏が演じるのは、時を経た、未来のブラックジャック。稽古の合間の貴重なお時間をいただき、大塚氏の知られざる幼少期と、今作にかける意気込みを伺いました。
実るほど頭を垂れる稲穂かな…
14歳でブラックジャックと出会う
編:そして1973年に11月にブラックジャックの連載が始まりました。
大塚氏:そうだね。秋田書店の「少年チャンピオン」での連載でしたね。当時ももちろん話題作で、僕も夢中で読んでいました。まさか後年になって自分がブラックジャックの声をやることになるなんて露ほどにも思っていませんでしたけれど。今考えると医学的な表現も多いし、難しい単語もあるけれど当時は全然難しいなんて思わなくて、とにかく夢中で読んでいましたね。
編:実は10代で作品に出会っていらしたんですね。大学はそのまま國學院大學へお進みになりました。
大塚氏:進まれたんですが(笑)、2年で大学は辞めてしまったんです。勉学には無縁な学生生活でした。
編:大学の授業には行かれなかったんですか?
大塚氏:大学へは毎日通っていたんですが、そのまま道場にまっすぐ行って空手に励んでいたんです。空手をするために大学へ行っていました。空手学部だったら単位がもらえたのに、空手部だったので単位はもらえなかったですね(笑)。
編:空手はいつから始められたんですか?
大塚氏:大学に入ってからです。高校生までは少林寺拳法を続けていたのでね。この頃の少林寺拳法や空手で鍛えた体力が要所要所でその後の人生において役に立った気がします。今回の舞台にもやはり体力が必要ですからね。
編:声を使ったお仕事ですからやはり喉のケアも大変でしょうか。
大塚氏:声のコンディションの維持って大変なんですよ。寝不足だったり、前日のイベント等で声を張るお仕事があったりするとか、一晩寝たとしてもやはり違う。そんなことで簡単にコンディションが変化します。非常にセンシティブなんです。声というのは。
編:声優さんがよく喉のケアとして加湿器を使用されたりというのも聞きます。
大塚氏:僕、加湿器があまり好きじゃないんですよ。湿気るのがちょっとね。だから龍角散のど飴はいつも常備するようにしています。あとはマネージャーがはちみつや飴を持ってきてくれたりね。
編:ブラックジャックを読んで医師を志すという方も多いですよね。ブラックジャックの声優になりたい!という志というか憧れというものはおありでしたか?
大塚氏:いえいえ。僕の場合は本当に偶然の始まりだったんです。本来やる予定だった方が体調を崩されてできないとなって、お鉢が回ってきたという方が正しいですね。前日かな、急遽、どうしても代役としてやってくれという。「明夫ならいけるだろう」と言われてね。とにかくやらないと!みたいな心境でした。録音当日に役が変更になっているわけですから。心の準備も無いし、おろおろしている間に始まったという感じでしたねぇ。
編:それが今では大塚さんにとっては一つの代名詞ともいえる作品となりました。
大塚氏:(感慨深く)大きな、本当に大きな作品です。とても多くの方に愛されている作品でもありますから、僕自身も責任を感じながらとてもやりがいのある役です。
編:OVAのみならず、TVシリーズも、さらには劇場版でもずっとブラックジャックであり続けてくださいました。ファンにとっても安心して鑑賞できる大きな存在です。
大塚氏:ブラックジャックはOVAから始まったんですよね。それからしばらくして劇場版を製作することになりました。(1996年11月公開)。劇場版となると、やはり映画館へ客を呼べるバリューのある俳優さんや声優さんがブラックジャックを担当するのが普通です。それは映画の興行成績に責任がある制作サイドの正義でもあるわけです。今も昔も僕自身はそのことを尊重する人間です。ところが故・出崎統監が「僕のブラックジャックは明夫じゃないとだめだ。それ以外ならやりません。」と言ってくださって。そして僕が45歳の時、2004年からTVシリーズもスタートしました。
編:世間ではブラックジャックと言えば大塚さんというイメージが出来上がっています。
大塚氏:ありがたいんですけどね、僕としてはまだまだやり残したことがあるなと思っていてね。本来ブラッククジャックは若造なんですよね。未完成で、非常に青臭い存在です。テレビシリーズでは、ゴールデンタイムでの放映でした。また、小学生や未就学児童をターゲットにして認知をねらっていく企画でした。ピノコもいるし、三つ目も出ます。いきおいブラックジャックはちゃんとした大人でないとバランスがとれないとなりましてね。ただ、本来ブラックジャックの性格はもっと、青臭くて、どこか拗ねたような神経質なところがあるんだけれど、ここはまだ表現しきれていないなと思っています。
編:なるほどー。そんな本来のブラックジャックも見てみたいです。
大塚氏:ただね、もちろんキャスティングは僕が決めることではなくて、お声がけいただけたら喜んでやらせていただくというものです。お声がけいただければ僕はいつでも喜んで。ただ僕もずいぶん歳を重ねてきましたからね。
編:今回は声だけではなく舞台公演での主役・ブラックジャックを演じられます。今までとはまた違った心境でいらっしゃいますか?
大塚氏:それがねぇ。今回も最初は声だけの出演ということでお受けしていたんですよ。ここだけの話なんですけどね(笑)。蓋を開けたら、あれ。俺けっこう出るな。みたいな(笑)。脚本がね、今回とても面白くてね。現在と未来のブラックジャックが出てくるんですよ。僕ももういい年ですからね。ブラックジャックのイメージというものも大切にしたい。ブラックジャックというのはそもそも30になっているかどうかという年齢設定ですから。
編:根強いファンがいるだけに、そのイメージとのギャップが大きいと影響もありますよね。
大塚氏:ブラックジャックを好きであることと、演じることというのは全く違う次元の話だし、重みが違います。
編:今回は現在のブラックジャックとして大迫一平さんが演じられます。
大塚氏:やはりね、本当にブラックジャックという作品は僕だけでなく、すべてのファンにとっても大きな存在なんですよ。だから中途半端な芝居はできない。やるからには誠心誠意やらせていただきたい。そういう意味でも大迫さんが演じるブラックジャックの未来の姿を65歳になった私が演じるというのは、意義深い。この舞台はブラックジャックの長い歴史において一つのマイルストーンになるのではないかと思います。
編:稽古が実際に始まってみていかがですか?
大塚氏:まだまだこれからですね、手応えみたいなものを掴めるのは。舞台というのはエネルギーがいります。舞台公演5日間をやり遂げるだけの体力も必要ですし、なによりそこにいたるまでの健康管理も重要です。無理ができる年齢ではないと自分が一番理解しているので、責任を果たせるように頑張っていきます。今はとにかく風邪をひかないよう、体調を崩さないように気を付けています。共演者、スタッフ、とりわけ楽しみに待っていてくださるお客様の期待を裏切らないようにしないといけませんね。
大塚明夫氏 プロフィール
1959年 東京生まれ
ブラックジャック(ブラックジャック役)
僕のヒーローアカデミア(オール・フォーワン役)
攻殻機動隊(バトー役)
機動戦士ガンダム(アナベル・ガトー役) など多数。
大塚氏出演:舞台「ブラックジャック」銀座博品館公式サイト。
https://www.hakuhinkan.co.jp/theater/archives/event/pr_2024_03_20
取材を終えて
憧れの大塚氏と直接取材させていただけるとあり、とても緊張してお伺いいたしました。穏やかで、気さくで、柔らかい笑顔とまさにあのブラックジャックのお声。夢のような取材となりました。数々の名作で主役を演じられ、声優の大家でいらっしゃるのにまだまだと謙虚に真摯に役柄に向かわれる。人生をかけて声優という「行」を全うされているような印象を受けました。これからもずっとそのイケボで世の中を楽しくしていただけたら嬉しいなと心から思いました。ありがとうございました。