国際映画賞受賞作「カノン」を始め、数々のヒューマンドラマを制作し現代社会の孤独や葛藤を浮き彫りにする映画監督 雑賀 俊朗氏。この度北九州を舞台とした映画「レッド・シューズ」の公開を目前に控えた雑賀氏にその活動の源泉と生き方について伺いました。
二階へ上がりたいと言う気持ちが 階段というアイデアが生まれる!
39歳!映画初監督作品
30代に入り、TV番組のディレクターやTVドラマの演出やVシネマの監督を経験し、39歳の時、映画監督のチャンスがやってきました。岡嶋二人(おかじまふたり)さん原作の「そして扉が閉ざされた」を企画し、色々な映画会社にプレゼンをしていた時、同じ原作者の「クリスマス・イヴ」というホラー作品の映画化をするので監督をやってみないかとお誘いがあったんです。どうしようかなと思って。ホラーというか、人がたくさん死ぬ、スプラッターでしたから(笑)。考える時間を1週間くださいとお願いしたんです。でも考えている時に気が付いたんですよ。「タイタニック」のジェームズ・キャメロン監督は商業映画デビュー作が「殺人魚フライングキラー」だし、スピルバーグ監督だって「ジョーズ」がある。あの巨匠たちもホラーから始めていると思ったら気が楽になって、やらせて頂きたいとお返事しました。この作品は夜の冬山のある別荘での殺人事件です。クリスマス・イヴと言う一夜の話なので、夜しか撮影出来ない。毎日夕方に起きて夜に撮影するという昼夜逆転の生活を1か月しましたね。映像の世界に入ってから連続ドラマのディレクターやVシネマなど様々な企画・監督をやってきていましたが、39歳の時にとったこの作品が商業映画としては初監督作品となりました。結果はスマッシュヒット。とある冬の別荘での殺人事件を、その時系列を敢えてばらばらにして制作したので、映画を観る人の思考力にかなり理解を委ねるという実験的な新しい手法でした。映画を最後まで考えながら観ないと話の全体像がつかめないようにして、そしてあまり細かな説明をしないという。終わりに近づくにつれて点と点がつながっていく。わかりにくいという当然な意見もあって、映画自体へは賛否両論でしたけどね。
未来を予測していた!?映画「ホギララ」
僕がプロットから企画を興した映画は、2002年のSF映画「ホギララ」です。
日本が大地震による原発事故で放射能に包まれてしまう状況が発生して、次世代の子供だけは守ろうと子供達をドラム缶に食料と一緒に入れて海に流すんです。海流に乗って漂流する先にある南の島が「ホギララ」という島。ここは子供達だけの島で、島では「ホギララ語」が話されている。という設定です。ホギララ語も一生懸命考えました。この時のオーディションにはまだデビュー前の石原さとみさんが合格していました。2011年の震災の原発事故の時には当然「ホギララ」を思い出しましたし、NHKのプロデューサーさんにも「監督、少し時代が早すぎましたね。」と言われました。その時は僕も含めてその9年後に福島原発が爆発するなんて夢にも思っていませんでしたから。劇場公開もしましたが、当時はなかなか理解されなかったですね。今ならもう少し違う反響もあるんだと思います。こういうタイミングも作品を世に出すという時には本当に重要なんですよね。
雑賀映画は若手人気俳優の登竜門!?
2008年には「チェスト」という鹿児島を舞台とした映画を松下奈緒さん出演で撮影しました。これが僕自身としては4本目の映画ですが、本作で角川日本映画エンジェル大賞を受賞し、また香港フィルム・マートへ日本代表として選出もされました。これは鹿児島に昔から伝わる小学生の遠泳大会を基にしたものです。鹿児島へ見に行った時に、これは映画にしたいなと思った瞬間がありました。子供達が実際に泳いでいるときにその親たち大人が周りで見守っているのですが、当然手は出せないんですよ。子どもも親には頼れない。この情景を見た時にこれは昔から現代につながる親離れ子離れの儀式なんだな。と思って。
(編:松下奈緒さんはこの後に「げげげの女房」に出られて一躍有名に。)
この後に作ったのが、同じ鹿児島錦江湾で開催されるヨットレースを題材にした「海の金魚」(2010年)があります。こちらは賀来賢人さんや榎本時生さん、吉瀬美智子さん出演だったのですが、とにかく過酷な撮影でね。ヨットを使った撮影は本当に大変でした。天候や風向きによって撮影状況が刻一刻と変わります。そんな中でとても良いシーンが撮れた日の終わりに。突風が吹いてカメラマンが海に落ちたんです。たまたま鹿児島テレビの取材でボートがあったのでカメラマンをすぐに救助できるという偶然にも助けられました。(編:吉瀬さんは「海の金魚」の後に「ハガネの女」主演へ)
映画の神様に愛されて
「海の金魚」の撮影は大変でしたが、幸運に恵まれた作品でもありました。夜の海にヨットで出た時に、無風で全く波が無い、「凪 なぎ」の状態になって、夜空の満点の星が海面に映るんです。まるで星空の中を無重力で遊泳しているような景色です。地元のヨットマンも驚くほどの、何十年に一度くらいしか見られない事象だそうです。また、イルカのシーンを撮りたいと思ったのですが、最終日まで全くイルカが現れなくてね。もうあきらめようかと思った最終日、陸に戻っている途中で、子供のイルカがヨットに興味を持って近づいてきたんです。その後から家族のイルカがバーっと集まって現れて。最後の最後に撮影ができた。映画の撮影をする過程で数々の奇跡の連続に助けられてきましたが、特にこの作品では多かったですね。
社会課題の中に描くヒューマンドラマ
僕はヒューマンドラマが好きだし、うまいと評価をいただくことも多いですね。
そして、映画の話を作る時に心がけていることがあります。それは、昔から変わらない普遍的な人間の感情や思いと現在目の前で起きている社会的な問題や「今」を入れる事。
妻はクラシックのピアニストなんですが、ある時、クラシックの楽譜って何百年も前の作曲家が書いた手紙だと思いました。昔の人が作った楽譜に込めたメッセージを現代のピアニストが再現している。まさにクラシックは再現芸術だなと思いました。一方で現代では人類のおそらく最初の職業であろう「漁師・漁業」は、危険度や高年齢化や後継者不足や燃料高騰などの様々な課題により、継続し続けることが難しくなって来ていて、「将来日本から漁師と言う職業が無くなるのではないか」と危惧する方もいらっしゃいます。この2つの事を一つにして企画を作ったのが、「リトル・マエストラ」です。石川県にある田舎の漁師町にあるアマチュア・オーケストラを女子高校生が天才指揮者として立て直していく。その過程の人間模様を描いている作品です。ちなみにこの女子高校生は有村架純さんで、この後に「あまちゃん」が決まったんですよね。つくづく僕は恵まれているなと思います。
この次に制作した「カノン」は富山県と石川県を舞台にした三姉妹の映画だったのですが、長年音信不通だった母親との確執を描いたものです。こちらが中国のアカデミー賞と言われる、第26回金鶏百華映画祭 国際映画部門で最優秀賞を受賞しました。中国の国営放送で生中継されたんですけれども、8万人が見るんだそうです。規模がすごいなとびっくりしましたね。
人間の孤独とは何かを問う「レッド・シューズ」
今作のプロットは2005年から温めていたものでして、2020年の東京オリンピックで女子ボクシングが日本初の選手が出場となりましたので、タイミングが揃ったなとは思います。僕としては高校生の時の「ロッキー」の衝撃をようやく映画化できたなという思いでいます。僕がいつも映画のプロットを考える時に大切にしているのは「孤独感」です。社会的な動物である人間が「孤独」に浸るのがどれほど寂しく、辛い事か。この主人公の女性は我が子だけが唯一の家族です。その子と共にあるためにボクシングをする。親子との絆、人と人との人間関係の本質というものを考えました。
今はコロナでさらに人とのかかわり方が難しくなってきましたが、時代は変わっても同じところが沢山ある。昔の手紙がe-mailに変わっただけで、メールを書くときには昔からと変わらずその相手を想い、考えながら文章を書く。そこは手紙の時代と同じだと思うんです。人と人が向き合って、お互いを思いやり、大切にしていくことが重要なのは、時代がAI主流になろうとも、実は変わらない部分なのかなと思っています。
映画監督になるには
映画監督になる確実なルートや方法というのは、特にないと思います。僕みたいにTVドラマからスタートもあれば、CM、MV(ミュージックビデオ)、自主映画からとか、いろいろなスタートの形がある。山に例えると、頂上へ上るルートはたくさんあるが問題は登り切れるかどうか?あえてひとつだけ必要な事をあげるとすると「尋常ではない情熱を持ち続けられるか」ですかね。夢を持ち続けて、チャンスを逃さない。そしてチャンスをつかんだら求められた結果を出すこと。結果が出ないことなんてたくさんありますが、その過程で情熱を燃やし続ける人と、あきらめて去っていく人がいます。
商業映画製作って一つの会社を作るのと似ています。最初に企画を考えて、制作資金を集めて、ヒトを集める。映画ができたらそれをきちんと広告宣伝して、観ていただく(売り上げ)につなげる。その売り上げをきちんと、協力者や出資者へ戻していくことが求められる仕事です。なので途中で簡単に投げ出す人には向いていない仕事だと思います。また、映画製作には、いろんな人が役割を分担していることが多いのですが、私のチームは、一人が何役もこなしています。サッカーでいうと一人の選手が守備も攻撃もやっているみたいなね。「出来る人がやる!」の精神です。
松下幸之助さんの言葉で「二階にあがりたいという熱意がはしごや階段を創るのだ」とあるのですが、僕自身はこれを最近では座右の銘としています。まずは強く想うことが次への扉を開く。
こうすれば映画監督になれるというものはないのですが、映画への情熱を燃やし続けられる人が映画監督になっているのだと思います。情熱と運と縁のタイミングでしょうか。辛抱強く頑張っていたら時には映画の神様にご褒美をもらえるのかなと思っています。
(了)
撮影:株式会社グランツ
雑賀俊朗氏 プロフィール
福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校→早稲田大学社会学部卒業。
(株)泉放送制作を経て、現在、(株)サーフエンターティメント社長。
株式会社 サーフ・エンターテインメント http://surf-entertainment.com/
数多くのTVドラマや番組の企画、演出、ディレクター、プロデューサー、脚本を務め、
2001年「クリスマスイヴ」で劇場映画監督デビュー。
2016年の「カノン」では、中国のアカデミー賞と言われる金鶏百華賞で作品賞・監督賞・女優賞の3冠を受賞。「おくりびと」以来の快挙と言われる。
その後、積極的に映画に関わり、現在は映画監督を中心に活動している。
「主な作品と受賞歴」
2001年「クリスマス・イヴ」で監督デビュー。
2002年「ホ・ギ・ラ・ラ」
2008年「チェスト!」角川エンジェル大賞・香港フィルムマート日本代表
2009年「海の金魚」NHK「怪談百物語」NHK制作局長賞
2012年「リトル・マエストラ」上海国際映画祭日本週間招待
2016年「カノン」2017年金鶏百華賞・作品賞・監督賞・女優賞
「今後の作品」
2023年2月24日~全国公開 「レッド・シューズ」カナダ・ファンタジア国際映画祭招待作品 公式サイト
2024年公開予定 「レディ・加賀」