ゲームやアニメーション、エンタメの物語の世界でキャラクターが生きる世界、その背景を創り上げているトップクリエイター、上国料勇さん。世界的ヒットとなったファイナルファンタジーXを始め、ゲームやアニメなどの現場で独自の世界を創造しています。意外にもキャリアはスロースターター。株式会社スクウェア(現株式会社スクウェア・エニックス)入社時は中堅と言っていい年齢で新人としてスタートしました。上国料さんのこれまでの半生と、作品作りについての思いや経験を伺いました。
あきらめない
◆見どころ
―退社して独立。コンパクトな活動を目指して
―憑依して描き切った「竜とそばかすの姫」
―周りにいてくれる人とやりきっていく
独立しフリーへ。精力的に極めていったクリエイターとしての生き方
──現在はスクウェア・エニックス社は退社されてフリーで活動されていますが、会社の情報など一切表に出していらっしゃいませんよね。
妻とふたりで運営している個人事務所があります。妻も似た仕事をしていて、自分たちがやっていければいいという規模でこれからも大きくするつもりは今のところなくて、ホームページも結局まだ作ってないんです。
仕事は今、知人からの紹介を通じてのオファーがほとんどです。人知れず営業している隠れ家レストランのような存在ですね。
──担当したプロジェクトについて伺えますか。
ゲームの仕事は時間がかかるので発表されるのは何年か先でちょっと詳細は言えません。ゲームが仕事の8割を占めているのでお見せできるものは少ないですね。
お話できるものはゲーム以外です。例えば、2021年7月に出る日本酒のボトルデザインを担当しました。新政酒造の6号酵母を使ったとても希少なお酒です。「No.6」十周年記念ボトルの第三弾が自分の作品。黒いボトルに直接絵を印刷しています。
──大変繊細で美しいデザインですね。どれくらい制作時間がかかったのでしょうか。
これは半年くらいです。途中どうしても生産現場を見たくなって、このお酒のお米を作っている秋田まで行きました。スゴイはまり方をしてしまったんですがそういう仕事に出会えることが幸せですね。すべての仕事でできるわけではないんですけどね。
画家としての活動。京都に引っ越してまで描いた襖絵
──画家としても活動されていますよね。京都の大徳寺真珠庵(だいとくじ・しんじゅあん)で襖絵を描かれたそうですが。
不思議なご縁がつながりお寺に半年間住み込みで一室まるごと襖絵を描きました。制作風景はNHKでもドキュメンタリー番組としてまとめられ放送されました。結局完成するまで1年半ほどかかり、途中からは京都に引っ越して家から通って描いていました。
京都大徳寺本堂「礼の間」に飾られる上国料勇『Purus Terrae浄土』
──引っ越したんですか!仕事を選ばれる基準は心が動くかどうかが大切なのでしょうか。
京都という街は不思議な街です。昔からあるものを次代にと千年もバトンを受け渡し続けて成り立っています。大変なことですよね。そんな街の人々に触れて過ごすことができただけで短い間でしたが本当に得難い財産になったと思っています。
──デザイナーにイラストレーターや画家と活躍の幅が広いですよね。多くの作品を世に送り出していらっしゃいますが、これはデザイナーとしての仕事になるんでしょうか。
自分でも肩書をどうとらえるかは毎回悩みます(笑)。デザイナーは何かしらの設計をする役割が大きいです。イラストの仕事は宣伝など目的があって、モチーフがあるオーダーです。何もないところから設計して作り出すのはデザインですね。そう分けて考えています。
イラストはクオリティや精度といった視覚的な完成度が求められます。デザインは設計が伝わればいいのでラフでも構いません。ファッションのデザイン画とかもラフなスケッチでも洋服のデザインが伝わればいいのと同じです。最後に見せる完成形はゲームを構成するデータなので世界観のデザインも同じです。本来表に出すものではないんです。
デザイン制作で感じた憑依の感覚「竜とそばかすの姫」
──この夏に公開の細田守監督作品「龍とそばかすの姫」にも参加していらっしゃいますね。
世界観デザインを担当しています。現実世界と仮想世界がある映画ですが、その仮想世界の方をいくつかデザインしています。
──ファイナルファンタジーもそうですが、現実にはない世界を作り上げていらっしゃいますよね。どんな風に作られているんでしょうか。
世界観を作る仕事では、だいたいディレクターさんに「こういう感じの絵が欲しい」とオーダーがあります。わりとアーティスト任せで丸投げに近いものが多かったような気がします。それだけアーティストに対する信頼が厚かったのだと思います。
「先に世界観を作ってくれ。合わせて脚本を書くから」という場合もありましたす。
また「こんな絵がでてきたらプロットを書き直すしかない」と作り変える人もいましたね。一流のクリエイターが集まるとお互いに影響し合って相乗効果でまた一段良いものができていきます。
──「竜とそばかすの姫」の制作はどうでした?
この映画は本当に大変でした。普通のデザインではなくて、作品に登場するキャラクターの想像した世界を作り出すのに、私が2ヶ月かけても納得いくものができなかったんです。数10パターンは描きました。でも全部違って。私の中に彼が見ているものがないんです。
そこで彼を一回自分の中に降ろしたんです。後は自動書記のように落書きをバーッと描いて。私が見てもなんだこりゃっ。ってものができました。それを監督に見せると「これ、いいですね!」って言ってもらえました。
2021年7月16日公開「竜とそばかすの姫」より
やりたいことを「あきらめない」のは周囲に人がいてくれるから
──今後のクリエイターとしての展望を伺えますか。
コロナの影響かはわからないのですがここ半年くらい、ばったり仕事が来なくなったんです。その反動で今はまた増えたんですが、半年くらい時間がありできました。そこで何をしていたかというと好きなことをやってみようと、オリジナル企画を作っていたんです。まだどうなるかわからないので、あまり言いたくないんですが(笑)。
──エンタメの世界で経験を積んできたベテランが、エンタメの別のジャンルで新しいものを全くの素人状態から始めるって凄いですね。
新しいことをやりたいけれど難しいよね、あなたは才能があるから乗り越えられるけれど普通の人には難しいんだよって言う人もいます。
でもそれは違います。私達も同じです。ジレンマだってあるしとても苦しい時もあります。でもそういうときには必ず周りに人がいてくれました。振り返ると自分を支えることになったちょっとした言葉だったり、そういうものを周りから受け取っていました。
──一体どんな作品なんでしょうか。とても興味があります。
仲間3人くらいでやっています。自分も作れなくはないけれど、物語を考える原作の人もいますね。まだ本当に準備段階です。難しさをひしひしと感じていますね。内容は中2的なんですが、まず自分の実力が中2だろうって。
初めて描くものというのは経験がある50代だろうが若者だろうが、そう大差ないです。びっくりするくらい酷い(笑)。でも諦めずにやってみようと思っています。
──なぜオリジナル企画なんですか?
この先どこまでできるかわからないんですけどね。
憧れがあったんです。絵を描くだけではなくて、ゼロからキャラクターを生み出して、シナリオを描いて、世界の中でキャラクターが会話する。その一連の流れをすべてやることでやっと世界観を作ったと実感できるんじゃないかと。
いざ作ってみると、赤点ギリギリの30点くらいのものができました。でもそれは絶望じゃない。伸びしろがあと70点あるじゃないかという考え方もできます。楽しみが残っている70点なんです。
──クリエイターをとりまく環境も変わってきていますよね。
発表の仕方や展開の仕方もたくさんある世界です。市場がどんどん広がっていて、作家の人たちにはいろんな面白い経験ができる可能性があると思います。
私はこれからどうなるかわからないけれど、これから大変なことはあっても面白くなっていくといいですね。自分は少しやってきた業界が違うけれど、この歳までやってきたから言えるのはそういうことです。今は大変な時代ですがみんなで乗り越えて行きたいですね。
──ありがとうございました。
2021年7月16日公開「竜とそばかすの姫」より
(了)
インタビュー・ライター:久世薫 校正:NORIKO 映像:グランツ株式会社
◆上国料 勇(かみこくりょう いさむ)氏 プロフィール:
イラストレーター、アートディレクター、画家、コンセプトデザイナー等の様々な肩書を持つ日本屈指のクリエイター。
ファイナルファンタジーXのコンセプトアートを担当し、後のシリーズではアートディレクションを担当している。
現在はスクウェア・エニックス社から独立し、フリーで多くの作品に参加。
2021年公開の映画「竜とそばかすの姫」(細田守監督作品)では、コンセプトアーティストとして独特な世界を作り上げている。
また京都大徳寺の襖絵プロジェクトや秋田の新政酒造 NO.6 のボトルラベルデザインなど活躍の場は多岐にわたる。
Twitter:@kamikoku2009