体感のリアルを表現!スポーツから歴史教育まで漫画で描くスゴい人! DAY2

『マラソンマン』、『POLICEMAN』、『JUMP MAN〜ふたりの大障害〜』。『マンシリーズ』とも呼ばれるこの3作で取り扱っている題材は全く異なります。これらの漫画を描いたのが井上正治さん。井上さんは、おだやかな声で「行ってみないと感じられない雰囲気まで描きたい」と話してくれました。リアルへの探求と好奇心。ベテランでありながら「あ、面白い」という読者目線も忘れない井上さんに。漫画の世界へ興味を持った頃から、今に至るまでのお話を伺いました。

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『マラソンマン』の連載スタート! ホノルルマラソンも体験

──マラソンをテーマにした漫画を描こうと思ったのはなぜでしょうか。

誰も描いていないからです。野球漫画や不良漫画が多かった時代で、陸上の漫画はあまりありませんでした。『マラソンマン』をある程度連載してから、他でも『奈緒子』(小学館)など陸上漫画が連載されるようになりました。

昔はバスケットボールもヒットしないと言われていましたが、『スラムダンク』が出てくると一気にバスケ漫画が増えました。開拓されたジャンルは、他の作品も作られるようになる傾向がありますね。

実は『マラソンマン』は5巻くらいの時に、打ち切りが決まったことがあるんです。

 

──『マラソンマン』は全19巻ですよね。打ち切り撤回の理由はなんでしょうか。

人気がだんだん無くなってしまって、打ち切りが決まった後に、なんとかしなければと、主人公を父から息子へと世代交代させました。そこから人気がまた上昇して、首の皮がなんとか繋がったんです。

『マラソンマン』は、13巻くらいにも同じように打ち切りの危機はありましたが、なんとか凌いで、無事、描きたいところまで描ききることができました。

 

──主人公の父を亡くしたのは、テコ入れのために思いついたんでしょうか。

いえ。連載開始時から、いずれは息子を主人公にするつもりいました。それをいつにするかタイミングの問題です。もし父親のエピソードの人気があれば、父についていく子供の形のエピソードをまだ続けましたが、人気が無くなって打ち切りになれば、描けなくなってしまうので、ここはもう覚悟を決めて、今だな、と思い切り大鉈を振りました。

 

 

──マラソンのご経験はあるんですか?

『マラソンマン』の取材で、ホノルルマラソンは走りました。本番前に3日ほど練習して、フルマラソンに参加しました。

 

──3日の練習でフルマラソン走ったんですか!? 完走はできたんでしょうか。

途中から歩いてになりますが、完走しました。7時間くらいかかりましたね。走りながら「みんな何を考えてるのかな」と考えたり、「もう動けない!」と思った時に、きれいな女性が追い越していくと、もう一度頑張ろうと思ったり。

20km超えたあたりから、周りも歩いたりし始めます。足も疲れて、指10本に血豆ができるほどでした。

ゴールには担当編集者が待っている予定でした。さあ、やっとゴールだ!と思ったのに、彼がどこにもいなんです。

仕方なしに、僕もホテルに向かって這うように歩いて帰りました。これが1kmくらいあって、もう終わったと気が抜けた体に一番堪えました。(笑)

何事も、自分が体験しないと気がすまないんです。

 

知らなかったことも、取材や体験が好奇心を掻き立てる

 

──実際走ってみたら、マラソン選手とはどんなものかわかりましたか?

いや、わからないですよ! キツイことだけはわかりました。(笑)

実際に走るテクニック部分や科学的なデータについては、専門雑誌を読んだりして勉強していました。それ以外の雰囲気とか気持ちとか、実際に走ってみないと、見えないものはあると思います。

 

──取材や体験はとても重要なんですね。

『マラソンマン』の後に『POLICEMAN』を連載しました。僕の父親が警察官なんです。家系に警察官と自衛官が多くて、ネタを聞くことができ、とても助かりました。

競馬の障害物レースを描いた『JUMP MAN〜ふたりの大障害〜』では、専門の方にアポを取って取材させていただきました。年末に中山競馬場で開催されるレース、『中山大障害』に出走する馬を調教している施設が栃木にあります。ここの社長と、オリンピックの障害馬術選手である息子さんに、いろいろ教えてもらいました。

普通の馬だと丸太一本も飛び越えられないんです。競走馬はとても臆病な生き物なので、ビビってしまうんですよね。競馬で一斉に馬が飛び出すのも、あのスタートの音に馬が驚いて逃げているんですよ。

 

史実を伝える教育漫画『日本の歴史』を描くこと

──最近は『講談社の学習まんが 日本の歴史』も手掛けてらっしゃいますよね。

学習まんがですから、監修の先生がいらっしゃいます。

エンタテイメントとしての歴史漫画は膨らませた物語になりますが、教育のための歴史漫画は、あるものをきちんと描く必要があります。嘘は描けませんが、学説の違いはあるので、一番新しい学説が採用されます。例えば、道鏡はこれまでの歴史だと悪役として扱われていましたが、最近の学説では、実はそうではなかった。だから僕が描いた日本の歴史の道鏡は悪役ではないんです。

教育歴史漫画は欄外までしっかり情報が入っていて、内容的には大学受験まで通じる情報量です。飛鳥時代、奈良時代、平安前期を担当したのですが、知らないと描けないので、かなり勉強しました。

 

──歴史は詳しくないのに、歴史漫画を描かれたんですか。

知らないことの方が楽しいです。自分で奈良まで何度も取材にも行きました。実際にその場所に立ってみないとわからないんです。肌で感じるもの。地形や風、夏の京都は暑いとか。(笑)

僕は小学校から中学校の間、転校で行った先で、二度目の地理を学ぶことになり、ちょうど、カリキュラムの隙間が抜けてしまうように、歴史をしっかり学べませんでした。義務教育で基本が入っていないこともあって、高校になって歴史を習ってもよくわからなくなってしまいました。

でも、知らないことにもいい点はあって、知らないで新しい情報が入ると「すげえ!」って初めて触れた驚きがあります。それは読者目線なんです。だから、自分が知らなかった新しい「すげえ!」って感じたことを漫画に持ってくれば、読者にその面白さを伝えられるんじゃないかと思います。

 

漫画家以外の人生は想像できない

──読者目線で面白さを提供していく自分のこだわりがあるんですね。

発想自体が平凡なものにならないようにも気をつけています。平凡な中に尖ったものが何かひとつあれば、そこはとても目立ちます。そういったものをちゃんと作品に入れたいです。

 

──今後、学んだものを生かして歴史漫画や時代漫画を描かれたいと思いますか?

歴史漫画は……そうですね、馬や甲冑描くのは面倒なので、そこはできるだけ避けたいという思いはあります。(笑)

諸星大二郎先生が好きなので、ああいう古い時代の不思議な話を描いてみたいです。でもあの時代を相当勉強しないと難しいですね。

うちの実家の周りが世界遺産になったんです。沖ノ島の方で国宝がたくさん発掘された町で、地元にはけっこう文献もあるので、帰省すると読んだりしています。何か形にできるといいんですが。

 

──これからやりたいことや展望などはありますか?

あまりキツいことはやらないで、「なすがまま」で、やっていきたいと思います。

 

──ありがとうございました。

(了)

インタビュー:アレス  ライター:久世薫

井上 正治(いのうえ まさはる) プロフィール:

九州産業大学の漫画研究会に所属したことをきっかけに漫画を描き始める。1991年には『ミスターマガジン』の『極楽とんぼ』(講談社)にてデビュー。1993年には『週刊少年マガジン』(講談社)誌上で『マラソンマン』で連載をスタートする。その後、『POLICEMAN』(講談社)、『JUMP MAN〜ふたりの大障害〜』(講談社)を連載。最近では『講談社の学習まんが 日本の歴史』2〜4巻を担当。新しい分野にも果敢に挑戦している。

 

Twitter:https://twitter.com/inouemasahal

 

 

 

 

 

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