今週ご紹介するのは、OriHime(おりひめ)という分身ロボットで「孤独」の中に暮らす人へ光をもたらし、その「孤独」を消すために日夜戦い続けるスゴい人。20年前には存在しなかった職業、ロボットコミュニケーターとして日夜「会えない人に会いにいく」その方法を考え続けている人である。子供時代に自分が体験した「孤独」の中に、今まさに暮らしている人々へ光を届けようとしている。そのスゴい足跡と熱い想いを4日間お伝えします。さあ、オリィこと、吉藤オリィ様の登場です!
令和リニューアル記念4日連続インタビュー
DAY2
工業高校での生活と世界的評価から得た人生のテーマ
編集部(以下編):本日もよろしくお願いいたします。
さて、昨日は大会での優勝や、そこからの褒められコスパなどの話を伺いました。
編:その大会優勝をきっかけにして恩師である久保田先生とのご縁が生まれたんですよね。
吉:そうです。久保田先生がいらした工業高校での3年間はすべて今の自分に役立っていますね。何一つ無駄な事はなかったです。割と面白い経験もしましたよ。いわゆる悪ぶっている生徒もいたのでね、停学や謹慎なんてのが勲章みたいな文化があって。悪いことするのが成果であり、武勇伝みたいなところがありました(笑) 先生も腕っぷしが強い方もいたしね。私は優等生だったのでなかったけど、学年の3分の2くらいは罰として丸坊主にされたりしてました。今だったら問題だよね、きっと(笑)
編:じゃあ吉藤さんは優等生だからそういう武勇伝は無かったんですね。
吉:むしろ、そこで謹慎処分を受けなかったことが心残りなんですよ(笑)あの時しか経験できなかった、しなければ得られない何かがきっとあったと思う。人間の価値観は環境に依存するから簡単に変わる。高校のその環境下では、謹慎とか停学とか、一般社会においては何の価値もない、むしろマイナスなものが実際かっこいい勲章のようなものとして存在していたわけです。所属するコミュニティによって価値観なんていくらでも変わるんだなとめちゃくちゃ面白かったですね。引きこもり時代の3年半の価値観もその時の私の環境に大きく依存していたわけですよ。変化している価値観の中では誰だって正常な評価なんてできないんです。その時その人自身に、それはわからないのだけど。
編:充実した高校生活だったんですね。
吉:大変なこともたくさんありましたけどね、僕自身がいわゆるコミュ障みたいな感じだったから、高校3年生くらいまでは自己肯定感が低かったし、まだまだ自分を客観的にみることもできなかった。頭だってよくないからただただがむしゃらに、一生懸命に良い車椅子を作ってからだが動かせない人を助けたい一心でした。師匠にあって、車いす作ってボランティアして。いわゆる自己有用性というか、誰かのために自分が生きることが自分の生きる理由になっていたというか。他人からの評価が欲しくて、それで自分の価値が実感できるような気がしていましたね。
編:そんな時に高専へ編入されたんですよね。
吉:はい。コミュニケーションが下手で工業高校行って、いろんな経験したんだけど、一周回って何考えたかというと結局人間めんどくさいなと(笑)やっぱり友達であろうが学校の先生であろうが、やっぱり人間関係って色々起きるし、一生懸命人に合わせて作った友達をクラス替えとか卒業のたびにリセットってほんとコスパ悪いから(笑)
人口知能の友達の方がいいんじゃないかと本気で思って、高専では人工知能をやりました。
編:そういう動機だったんですか!?
吉:だけどだんだん考えが変わってきた。人工知能の友達でいいじゃんって考えたその時の自分は、本当に死にたかった不登校の時よりもずっと良い環境にいるわけですよ。高校で世界3位のアワード取ったり、高専にも通えるようになっていわゆる社会復帰できた状態にいる。全然マシな状況にいるわけですよ。ただ、もしあの引きこもり時代に人工知能の友達と過ごして話続けていたら、今日はあったのかと。さっきの環境で価値観が変わるという考え方でいくと、環境が人を作る。人と人間の違いというか。人工知能にまみれた人っというのはどこまで行っても人間化しない可能性があるなと思ったんです。
編:たしかに
吉:つまり、人工知能としか話せないように特化した方向に進んでしまう可能性がある。
編:高専時代にそういったこと考えられていた?
吉:そうですね。人工知能をやってもその先には、本当の意味での孤独の解消はないなと思ったんですよね。本当に人を癒すことができるのは人工知能ではなく、人しかないと思って。僕は人と向き合うことを避けていたけど、やっぱり向き合わないとダメだなって思った時に二つの選択肢があって。一つは研究をするために高専に残る。研究自体はとても面白かったのでね。そしてもう一つは人と人をつなげるよくわからない何かを目指して学校をやめて別のルートを模索するか。
編:高専をやめるという選択肢もあったんですね。
吉:その時に思い出したのがISEFの世界大会で出会った他の高校生たちが俺はこの研究をするために生まれてきたんだという確信的な哲学を持っていたことなんです。じゃあ私が死ぬまでにやり遂げたいことは何なんだろうと。そしてそもそもあと何年あるの?って考えたらあんまり時間がないことに気が付いた。人よりも体が弱いこともあったし、目が悪くてね、視力が30歳まで持たないかもって医者に脅されていたから。じゃあと13年しかないなって気が付いた。あと13年で自分が決めた「孤独を解消する」というテーマを実行しなければいけないと考えるようになったんです。
編:その目標ができて、それから早稲田大学に入られたんですか?
吉:そうです。だからよくリスクを取るか、何もしないか。という話があるんですけれど、僕にとっては何もしないで淡々と時間が過ぎていくことの方がリスクなんです。もうすぐ死んでしまうから。だから今という時間をいかに効率的に生きるかということに真剣になりました。
編:では今の吉藤さんにとっての具体的なテーマみたいなものは何でしょうか。
吉:孤独の解消が未だにテーマですが、それとは別の話だとしたら、最近なんで人は歩くのだろうと考えているんですよ。僕、歩くの嫌いなんですけど、結構歩いているんですよ、毎日。自分で歩いていて気持ちがいい日と気持ちがよくない日というのがありまして。それはどこに要因があるんだろうと考えたら、白衣が風になびく日は歩くのが気持ちいいと気が付いたんですよ。白衣がなびくことで、嫌いな「歩く」ということへのモチベーションを喚起してくれているんです。いかに白衣をなびかせるか。それでいうとね、自動で白衣がなびくなら僕は歩かないかもしれない。
編:歩いてないのに白衣がなびくってことですか?
吉:そう。勝手になびく。歩かなくてもね。気分がいいことだけ起こる。
編:若干怖い気もしますけど。ホラー的な笑
吉:笑
編:発明家の方って何かしら面倒くさがりというか、最短で効果的なゴールしたいみたいなところがイノベーションにつながるイメージありますよね。
吉:世の中って面倒くさいことがたくさんあるんですけど、みなさん我慢強いんですよ(笑)
だからね、これからの時代は「我慢弱さ」みたいなものが大事なんじゃないですかね。
編:我慢弱さ??
吉:我慢強いと何も生み出さないですよ。むかしむかしおばあさんが川で洗濯して腰も痛いし手も冷たいけど我慢強いからそのまま一生毎日川で洗濯し続けましたってなるでしょ(笑)
編:早く洗濯機持ってきてよ。みたいなデマンドですか。
吉:そう。新しい動きにつながる。それは特に理由なんかなくて「ずっと前からそんなもんなんですよ。」って次の世代に言ってしまうと前の世代の苦労をそのまま我慢強く引き継ぐだけになってしまう。洗濯機が登場するという新しいものへの発想があると、次の世代はまたその騒音を何とかしようとか、もっと汚れが落ちるようにとか、さらにイノベーションが起きるわけですよ。
編:前の世代の苦労が改善されていく。
吉:そう。どんどん良い方向にね。よく聞く話で、今の子供たちは前の世代の苦労を知らない。なんていうのあるじゃないですか。それでいいと思っていて。今の世代の人たちは僕らがしてこなかった、また新しい苦労をそれぞれしていると思うんですよ。苦労を受け継ぐんじゃなくて、そのサイクルをどんどん回していくことが大事だと思うんですよ。
編:そのサイクルをどんどん回していくことで新しいものが生まれるんですね
吉:だから我慢強くなくていいんですよ。我慢弱いほうがいい。我慢弱いといろんなことに気が付くから。社会においてもね、先に生まれただけの先輩がなんでそんなに偉いんだとかね。序列なんておかしいし。その環境下で満足できるならいいんですよ。そこが居場所になるなら。でも、違和感があるなら我慢しなくていいってことなんです。
編:常に疑問を持つということですね。そして気がついたら動けばよい
吉:iPhoneだって新機種、新生代のほうが性能がいい。Xと11だったら11のほうが性能はいい。でも人間界は旧世代のほうが偉いわけです。Windows10がWindowsXPに勉強を教わっているわけです。
人間とコンピュータの違いってここにあるんだなとかね。それをうまく掛け合わせるとサイボーグ時代になる。先人の古き良き感性を尊重しつつ、新人の高性能さを尊重する。そしたら年上が無条件で年下より偉いとった差別はなくなりますよ。
編:なるほど。考えたことなかったです。
取材:アレス 構成:Noriko 翻訳(英):Tim Wendland
◎ 当社サービス導入事例
モスバーガー大崎店にて、8月末までOriHimeが接客中!
◎ 著書 「孤独」は消せる。サンマーク出版 (2017)