『女神転生』シリーズ生みの親の一人!ゲームクリエイターのスゴい人!

セロリで自己変革!?

『女神転生』誕生

アイデアの出し方

1987年、『デジタル・デビル物語 女神転生』というロールプレイング・ゲームが世に送り出された。
敵を仲間にする、合体させるなど数々の斬新なシステム、他に類を見ない独特の世界観で多くのゲームファンを虜にし、30年にわたって続編が出ている人気ゲームである。
本日のスゴい人は、この作品の立ち上げ時から携わり、シリーズの根幹を築いたゲームクリエイター。
どのようにゲームの世界へ入られたのか伺った。

さあ…
ゲームクリエイター
鈴木 一也様の登場です!

父とボードゲーム

子どもの頃は内向的ないじめられっ子でした。
昔からゲーム好きでしたが、父の影響は大きいです。
父は少年時代、架空の球団を1リーグ分、各選手の設定までして遊ぶボードゲームを作っちゃうような人で(笑)
小学3年の頃、いきなり三畳の部屋中に模造紙を敷き詰め、敵側・味方側と軍港を描いて「これから海戦ゲームを作る」と、手伝わされた事があります。
空母を作って戦闘機も一機ずつ乗せて、駒を立体で作るんですが、作業が多くて大変でした(笑)
小学5年の頃は友達を誘って学級新聞を作っていました。
他の組が作っている「読捨新聞」が面白くて、自分もやってみたかったんです。
あちらは真面目な感じだったので、僕らはエンタメでいこうと。
「ケネディーの遺体が冷凍保存されている!」なんて記事とか、木枯らし紋次郎のパロディー漫画を掲載していました。
これが結構ウケて、周りの見る目が変わったのか、いじめがピタッと終わったんです。

セロリで自己変革!?

中学で読捨新聞の編集長と親友になり、同人誌を始めました。
そして同人誌をアートみたいに作っていた、すごく尖っている奴らと高校で出会うんです。
制服のネクタイもキチンと締めるような「良い子」だったんですが、こんなに好き勝手して良いのかと、影響を受けて。
ある日、昼休みに外出禁止のルールを破り、ふらっと八百屋に行ってみました。
大嫌いだったセロリを買って食べたんですが、その時、これ面白い味だなと思えた。
自分は自分の意思で変えられると気付き、ここから大きく変わりましたね。
その後、武蔵野美術大学に進学して「劇団ムサビ」に入りました。
超アングラ劇団で楽しかったんですが、単位を落としたり、絵のレベルの超高い奴がいて自信喪失したりで、結局退学しちゃったんです。

父がゲーム制作の専門家に

その後、父がレック・カンパニーを創業し、プラプラしていた僕も入社する事に。
日本に上陸したばかりのシミュレーションゲームを、良質に低価格で作ろう、という会社でした。
そこにいらしたのが、師匠の一人、黒田幸弘さん。
海外のゲームを持ち込んできては、面白いポイントを教えてくれました。
PCゲーム『ウィザードリィ』も彼に教わったんです。
父と黒田さんは国内初の「ゲームデザイナー」。
すごい先駆者のところに身をおけたのは、僥倖でしたね。
エポック社に企画を持ち込んで「ワールドウォーゲーム」を発表したり、ゲーム情報誌「SIMULATOR」を出したり、色々やったんですが、少々父と揉めて22歳で退社しました(笑)
僕も若かったし、親としては厳しく、という気持ちもあったんでしょう。

ファミコン登場

それから電算会社で銀行のシステムなどを組んでいました。
プログラムは独学で習得し、趣味でゲームを作ったりしていたんです。
ファンタジーRPGチェスというような物を作って、同僚とプレイしたり。
そのうちファミコンが出て、『ドラゴンクエスト』が誕生した。
『ウィザードリィ』や『ウルティマ』みたいな海外RPGは、こうすれば広く受け入れられるのかと、悔しかったですね。
そんな時、同僚がゲーム会社のアトラスに転職したんです。
彼に「面白そうだから来れば?」と誘われ、即決しました。

『女神転生』誕生

アトラスでもう一人の師匠と出会いました。
『ソロモンの鍵』などの企画をされた、上田和敏さん。
彼はTVゲーム業界初の「プランナー」。
それまで企画はプログラマーか営業が立てるものでした。
丁度『女神転生』を作っていましたが、企画書を見たらウィザードリィのまんまで。
新しいアイデアをと、敵を仲間にする事を思いつき、「まだ弱い」と、仲間同士を合体させるアイデアが生まれました。
仲間も合体も、ゲーム上初のシステムでした。
彼は、RPGはレベルが上がるのが楽しさなんだからアドバンテージを付与しようと、レベルアップしたら回復する事にしたんです。
悪魔を仲間にする時も、合体する時も、レベルが上がると制限が外れる。
バランスを見る目、面白みのポイントを探る目がすごく的確で、勉強になりました。

弱り目に祟り目

独立してからも女神転生シリーズには関わり、『女神転生II』ではシナリオも担当しました。
他にも様々なゲームに携わってきましたが、一度会社を潰してしまったんです。
脇が甘く契約などが杜撰で、信頼していたパートナーにも裏切られて。
おまけにマンションの真下の部屋が火事を起こした。
悪いことは続くものだな、と暗澹たる思いでしたね。
仕事の話も、気が落ち込んでいるので成立しない。
一年間はまともに仕事ができなかったですね。
その後、元気株式会社に拾っていただくんです。
髭を気に入ってくれたみたいで(笑)

アイデアの出し方

これだ!というアイデアを思いついた時は、ゾクゾクします。
森に分け入り歩いていて、ふと、アレ?これは!と、宝物に気づくような感じ。
アイデアは苦しみながらずっと考えて、考えて考えた先にふっと湧いてくるもの。
色んな事をああでもない、こうでもないって左脳でこねくり回すんですが、考えすぎると直感的な右脳が萎縮しちゃうんですね。
右脳には、コレとコレが面白いなぁって見えている。
ボーッと散歩したり風呂に入ったりして、左脳がちょっとお休みした時、右脳の出番になって、これでしょう?って出してくるんです。
僕はそれを意図的にやっています。
ゲームを作る上で大事なのは、自分がワクワクする事。
でなければ、ユーザーもワクワクしない。
ユーザーをナメない。
そこを適当にすると、本物ではなくなっていく。
時間切れでそこを諦めてしまった作品は、悔しい思いをしました。
細部に神が宿るというのは、神が宿るほど細部を作り込めるか、という事なんです。

何でも楽しめ

祖父の形見分けでいただいた『インド集』という本が、いわゆる「ヴェーダ」という聖典でした。
昔から哲学や思想に興味がありましたが、それがきっかけで宗教にも興味を持ったんです。
神話と現世の関係というテーマは、今後もやっていきたい。
様々な神話の世界観を集約できないかと考えていて、段々形になってきています。
今作っているのが、いじめと向き合う少年と異世界ものなんです。
これをダークファンタジーとして、人の心に残るゲームや文章にしていきたい。
若い人には、何でも楽しめって言いたいですね。
勉強って考えると、できなかったら辛いじゃないですか。
パズルやクイズだと思えばまぁまぁ楽しいですよね。
視点を変えると、見え方、心の捉え方も変わります。
自分を好きになって、自分の好きなことをやるしかないんですよ。

取材を終えて

特徴的な口髭はダリへの敬意であり、「アイデアが入ってくるアンテナ」だという。
ダリのお好きな点は「生き方がすごく面白い。破天荒でも別に良いんだ」というところで、
「これも一つのアートなんだよ。どう捉えるかは君次第って、すごくスマートですよね」と答えて下さった。
ダリの「表面以外にも、もう一つ意味がある」というのは、ご自身が造詣深い、宗教にも通ずる考え方かもしれない。
ダリイズムが“鈴木大司教”のフィルターを通って、構想中の作品にも反映されるのだろうか。
次回作、楽しみにお待ちしております!

プロフィール

鈴木 一也(すずき・かずなり)
ゲームクリエイター

東京都出身。
デジタルデヴィル株式会社代表。
1982年、アナログゲーム情報誌『SIMULATOR』の創刊編集長を務める。
1987年、アトラスで開発された『女神転生』に設定、システム仕様で関わり、デジタルゲーム制作の世界へ踏み込み、その後も女神転生シリーズや多数のゲーム制作に携わる。
現在はゲーム制作の傍ら、東京デザインテクノロジーセンター専門学校で企画系講座をもち、後進の指導も。
神話学、オカルト、宗教学などに明るく、ゲームファンからは「鈴木大司教」と愛称で呼ばれる。
『モンスターメーカー』で知られるゲームデザイナー、鈴木銀一郎氏は実父。
2018年春始動予定のダークファンタジー『十三月のふたり姫』ではストーリーを担当(画:アオガチョウ氏)。

◆公式Twitter
https://twitter.com/baelzebub

◆異譚女子シリーズ 『十三月のふたり姫』公式
https://goo.gl/CwMSwG

◆東京デザインテクノロジーセンター専門学校
https://www.tech.ac.jp/

取材協力:株式会社アイロリ・コミュニケーションズ/株式会社アイロリ・エンタテインメント

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