公立中学の陸上部を7年で13回日本一に導き独自の教育メソッドを作ったスゴい人!

夜尿症、対人恐怖症、赤面症だった

「自分を変えなさい」

カリスマ体育教師、奇跡を起こす

本日登場するスゴい人は「原田メソッド」の提唱者。
元中学の体育教師だが、今では独自のメソッドが学校のみならず武田薬品工業、野村證券、三菱UFJ信託銀行、ユニクロ、キリンビール、カネボウ化粧品などの一流企業やプロ野球球団、プロラグビーチームやオリンピックメダリストなどスポーツ界でも採用されている。
更には日本のみならずアメリカ、アラビア、イスラエル、中国、台湾、韓国、ドイツ、スペインなど世界16の国や地域に急速に広まっている。
多くの人の心を育て、自立に導く彼の教育メソッドはどのように生まれたのだろうか?

さあ…
株式会社原田教育研究所 
代表取締役社長 原田 隆史様の登場です!

両親から得たもの

1960年生まれなんですが、その当時は水洗便所もアスファルトもまだなかった戦後の復興が軌道に乗り出した元気な時代。
高度経済成長の真っ只中で育ってきた人間です。
父は特攻隊の生き残りで、小倉で終戦を迎えた後、焼け野原になった大阪に帰ってきて治安を守るために警察官になりました。
仕事命、使命に燃える志を持った父の影響を受けて、兄と私は教員になりました。
母は洋裁店の腕利きデザイナー。
1960年代にすでにウエディングドレスを自分でデザインして作っていたというほど。
僕ら兄弟のよそ行きの服も全部母が作ってくれました。
そういうクリエイティブな才能は母からもらいましたね。

祖母の教育

父も母も忙しかったので祖母に育てられました。
祖母は島根の武家家系の最後のお姫さん。
その祖母が私を小さいときからずっと躾けてくれました。
特に覚えている2つのしつけの1つ目が「おつり教育」。
例えば100円のものを3人で買う時、1人は他の2人より10円多く払わなあかんでしょ?
そうなった時にお前がすかさず行きなさいよ、って。
そうしたらその10円を倍の20円にしてあげる。
人間関係、コミュニケーションの極意ですよね。
それ俺に任しといて、って損な状況でも一言が言えるかどうか。
それと、もう一つは「せこいことすんな!」。
自分が得になろう思って、誰かを下げるとかいうのはあかんで!って。
この2つが常に僕の中にありました。

夜尿症、対人恐怖症、赤面症だった

兄は勉強ができてスポーツ万能、生徒会会長で三拍子揃っていました。
私は潜在本能的に劣等感が強かったから小学校高学年まで夜尿症で。
さらに対人恐怖症で赤面症、授業中に指名されると貧血で倒れるくらい。
信じられへんくらい心の弱い子どもでした。
でも、私の家庭は「比較をしない」教育だったので、それが私にとって大きな救いでした。
精神が弱かった当時の私は普通に考えると学校に行ける状況ではなかったけど、学校を1日も休んでいないんですよ。
私の幼少期には“不登校・登校拒否”という言葉がなかったからです。
子どもは学校に行く!それが全て。
人は言葉を選び、そして行動しているというこの世の原理がわかりました。
それで言葉を大切にする教育を行いました。
小学校から大学まで、全ての先生方に愛情かけてもらい、大事にしてもらったことにも救われました。
頼りない自分が変わったのは先生のおかげだ!と、自分も教員を目指すことにしました。

「自分を変えなさい」

大阪市内の公立中学の教員になった頃は、初日から戦いでした。
学校が荒れていましたね。
必死でなんとかしようと頑張っていたけれど、その内に体調もおかしくなり…。
でも学校が大好きだったので約1000日間、盆正月も休まずに勤務しました。
大きな事件に遭遇し、心を病んでしまい、初めて学校を休みたいと思った時に母に救いを求めたら、いつもはマザーテレサのような優しい母が怒ったんです。
部屋の奥から黒いマジックを持ってきて、ストレスで髪が抜けた頭を黒マジックで塗ってくれました。
これで大丈夫や!と言ったんです。
顔をあげたら母は泣いていました。
「今の仕事が辛いからといって別の仕事に就いたとしても、また同じことの繰り返しや。仕事を変えないで自分を変えなさい!」
そんな当たり前のことがわからない状態で教師をやっているから、ひどいことに遭遇するのだと母に真剣に諭されました。
あの時母に叱られていなかったら今の私はありません。

カリスマ体育教師、奇跡を起こす

「自分を変えなさい」と言われた後、松下幸之助先生の言葉「主体変容」を知りました。
主体変革は行動を変える、主体変容は自分を変える。
考え方、生き方、姿勢、態度、あるべき姿、自分を変容させて行動を変えて、周りをよくすること。
これを自分の生き方と教育の哲学にしていこうと決めたのです。
2校目の中学では荒れている子ども達を2週間ほどで改心させ、立て直しに成功。
生徒たちに寄り添って、生徒たちの言葉を聞いて、主体変容を教えました。
3校目の生徒は環境や金銭的にとても厳しい子どもたちがいました。
先生、僕らお金があったら高校行くねんけどな、という生徒の言葉に、高校にタダでいく方法、スポーツ推薦があることを話しました。
生徒たちは「絶対にやる!」と。
「俺、厳しいけど、全力で真剣に教育するからついてこれるか?」と言うと、翌日、陸上部には56人の生徒が集まっていました。
私は一人一人のやる気を引き出し、本気で指導を始めました。
これが奇跡の始まりでした。
7年間で陸上競技の日本一を13回勝ち取る結果を出しました。

原田メソッド、企業にも波及

噂は全国に広がり、他校や大手企業からも声がかかるようになります。
アパレル、居酒屋、証券金融などの教育で結果を出し、マスメディアにも多く取り上げられました。
もっと多くの人の教育をしたい、よし、起業しようと思い、原田教育研究所を立ち上げました。
人を自立させるメソッドを作成し、私の名前をつけて「原田メソッド」としました。
当初、私が立てた目標は、一部上場企業を100社教育する!
当時、一部上場企業の受講者から「中学の元教師に、俺らの教育なんかできへんわ!」と言われ、学歴や仕事で人を下に見るような人が企業の中にいるのがショックで。
これを放っておいたら日本のためにならないと思ったので大企業の教育に挑戦しました。
この目標、2017年末で410社になりました。累計8万2千人達成。
ギネスブックもんですよ!(笑)

セルフケア

身体が資本なので、泊まるホテルは24時間フィットネスがある所。
海外の方が深夜や早朝にホテルでフィットネスをしていますが、自分に対する意識が高いからなんですよね。
隣で真剣にトレーニングやられると「負けていられない!」ってモチベーションも上がります。
身体管理の習慣は重要な事です。
あと、瞑想もずっとしています。
禅を体験し、宮本武蔵の五輪書からも学び、独学ですが今の瞑想に辿り着いています。

インターネットでの教育とAI

15年前、教員を辞めるときに「10個の未来目標」を作りました。
9つは達成し、残るは学校を作ること。
1つの学校では意味がないから、インターネットの小中学校を作りたいと思っています。
義務教育の中でいじめやいろんな事情で学校に行けなくなった子ども達をなんとかしてあげたいのです。
原田メソッドのパートナー育成も、15年間対面で育成したのが900人なんですが、インターネットを利用し教育したら、わずか1年で600人を育成しました!
すごい時代です。
今はAIの研究もしているので、原田メソッドという人を自立させる教育にAIの力を借りて、教育精度を高めようと挑戦中です。

取材を終えて

原田先生のオーラが半端でなく強いので、何気なく「千日回峰行をやられた様な氣がありますね」と訊ねてみると実際に大阿闍梨のお供をした事があるとおっしゃっていた(笑)
原田メソッドはテキストや動画を通じて繰り返し学べる。
企業研修においては最短8時間1日コースもあるが8時間×3回が多いそうだ。
最近は8時間×5回をお願いする企業も増えてきていると。
社員が自立して動く組織は経営者として理想的だ。
もし、気になる方がいたら問い合わせをされてみては如何でしょうか。

プロフィール

原田隆史(はらだ・たかし)
株式会社原田教育研究所 代表取締役社長
一般社団法人JAPANセルフマネジメント協会 代表理事
三重県政策アドバイザー
ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部教授

大阪市生まれ。奈良教育大学卒業後、大阪市内の公立中学校に20年間勤務。保健体育指導、生徒指導に注力、問題を抱える教育現場を次々と立て直し「生活指導の神様」と呼ばれる。独自の育成手法「原田メソッド」により、勤務3校目の陸上競技部を7年間で13回の日本一に導く。大阪市教職員退職後、大学講師を経て起業。「原田メソッド」に多くの企業から注目が集まり、企業研修・人材育成の分野で活躍。

◆株式会社 原田教育研究所 http://harada-educate.jp

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