美術・骨董品 取引金額日本一のスゴい人!

身銭を切って美術品を買うことが目を肥やす

仲間と始めたアンティークモールが転機

日本の現代アート普及への夢

本日のスゴい人は、帝国データバンク社から美術・骨董品取引金額日本一と認定された本郷美術骨董館の社長!
写メール鑑定や宅配鑑定など、様々な日本初の鑑定方法を生み出し、敷居の高い骨董鑑定に多くの人が親しむことに貢献したスゴい人。
骨董の知識なしからのスタートだったというが、どのようにして骨董取引金額日本一の会社にされたのか?

さあ…
本郷美術骨董館
館長 染谷 尚人様の登場です!

東大・赤門前の美術骨董商

小学3年の頃、父親が東大・赤門の前で美術商を始めました。
その頃のお客様は、東大の教授やお医者様が対象で、かなり高価な美術品が売れていました。
ピカソやルノワールなどもたくさん扱っていたのですが、私が中学1年の頃に火事で建物や美術品を全焼してしまいました。
その当時で建物は1億円、美術品は8億円の損害だったと思いますが、父は1年後すぐに店を再開したんです。
幸いその当時は景気も良く、美術品も高いものから売れる時代でしたので、助かったようです。
また骨董を置いてお茶が飲める骨董喫茶店を始めて、珍しかったので全国からお客様がいらっしゃり繁盛していました。
ちなみに美術品と骨董品の違いは前者が観賞用に作られた物。
後者が日用品に作られた物(江戸期の壺や徳利等)が時を経て希少性が増した物と定義しています。
事業は順調でしたが、私が20歳の時に父が亡くなりました。
兄が店を継いだのですが、3か月で合わないと言って辞めたので、急遽私が継ぐことになりました。
21歳の時でした。
もともと調理師免許を取ってうちの骨董喫茶の調理士として厨房を手伝っていたのですが、骨董のことは全くわからない上に、父は骨董品に値段も記号もつけない人でしたので、1つの骨董品を5千円で売っていいのか50万円するのか、全くわからない状態でした。
喫茶店に出入りしていた骨董商の先輩に色々教えていただいていたのですが、どうもうまくいかないので、全国にある骨董市で露店商として知識と見る目を養う為に、全国の神社やイベント会場を回りほとんど店にはいませんでした。
また業者オークションに出入りしました。
そこでは1日4、5千点の売買があり、数秒単位で値踏みを覚える日々でした。
35、6歳までの約15年間はそうやって修業しました。
その間に骨董商の仲間たちがどんどん増えました。

自分自身のお金を使うことこそ目を肥やす

売り買いするのはすべて一点ものですから、最初は偽物を掴んでしまって借金が増えたこともありました。
あまり大きな声では言えませんが、サラ金でお金を借りて骨董を買うこともありました。
また、色々な人にお金を借りて買った500万円の絵が、全くの偽物だったこともありました。
それが京都に出入りするようになった時。
樂茶碗を勉強するようになり、東京のオークションで樂茶碗を買い、京都で鑑定してもらい、数万円の樂茶碗が数百万円になり借金の返済をしたりしました。
もちろん偽物で損をすることも多々ありましたが(笑)
会社のお金ではなく自分自身のお金を使うというのが大切ですね。
美術館でいいものを見る事も大事ですが、いかに自分のお金で何十万回も売り買いするかということですね。

仲間と始めたアンティークモールが転機

継いだ時には、バブルがはじけて急に骨董品が売れなくなりました。
十数年経った頃、私と同じ骨董商の2代目、3代目が丁稚奉公から帰ってきて、うちの2階は場所がいいので様々な骨董を扱う仲間8人が集まってアンティークモールを始めました。
最初の頃は、テレビ取材も入りよく売れていましたが、売れなくなった頃に、家の骨董を処分するのに、「おたくは、着物も絵も刀も掛け軸も鑑定できますよね?」という問い合わせがあるようになったのです。
もちろん目利きばかりが集まっていましたので、お客様がどんどんどんどん増えていきました。
こういう問い合わせが全国からきて、今では1日200~300件くらい依頼がくるようになり、全国6か所に支店を出すようになりました。
うちがホームページを作った頃には、骨董商でホームページを持っているところはなくて、インターネットでの問い合わせも増えるようになりました。
遠方の方が問い合わせに便利なように、写メール鑑定というのを日本で初めて行いました。
全国から出張鑑定の依頼はあるのですが、そんなにすぐにはいけないので、宅配鑑定というものを日本で初めて行いました。
これも毎日数百個きます。
2トントラックいっぱい来たこともあり、驚きました。
それまでは骨董を売るだけでしたが、買い取りがものすごく増えてきました。
骨董はどんなものでも専門の業者がいますので大丈夫なのです。
たとえばガレ、ドームならフランスのあの業者に連絡したら扱ってくれると、すべての美術品を買い取ることができます。

日本の現代アート普及への夢

父が亡くなり店を引き継いた時から、借金完済までに約30年かかりました。
当時は自己破産などという言葉も知りませんでしたから、がむしゃらに働いて返済していきました。
昼間は骨董商をしながら、夜はバーテンをしなくてはやっていけなかった時代もありましたが、今では日本全国、多くの方々から鑑定のご依頼があり本当に感謝しております。
だいたい1ヶ月に5万点から10万点の取引があります。
骨董品店はほとんどが個人商店ですが、会社組織にしたのが良かったのかもしれません。
依頼がありましたらすべて見させて頂きます。
偽物ということをお知らせするのも仕事だと思います。
買い取りのお客様が増えているということは、人が亡くなって遺品や代々の骨董を処分したいと思われているということ。
今は、悲しいことですが日本の古美術品や骨董に日本人が興味がなくなっているんですね。
色々な画商さんともお話ししていますが、これからは日本も現代アートが面白くなると思います。
日本の現代アートを育てる意味で「ブレイク前夜」というテレビ番組を本郷美術骨董館で制作しています。
これからは、若手の芸術家を育てるということと、若手の目利きもぜひ育てていく環境を作っていきたいと思っています。

取材を終えて

ガレやドームを集めていたこともありますし、実家の萩焼の数々を鑑定してもらいたいなと思って調べた時に本郷美術骨董館さんのことを知っていたので、取材でお目にかかるのが本当に楽しみでした。
お会いして骨董店を継がれた経緯や修業の数々を淡々とお話しになる染谷社長は、苦労を微塵も感じさせない方でした。
何かを受け止める覚悟がある方は、本当に大変だったなんて言われないなーとつくづく感じました。いろんな鑑定や骨董を扱っていらっしゃいますが、難しい中国美術に関しても日本一だそうです。益々骨董に興味を持った取材でした。

プロフィール

染谷 尚人(そめや・なおと)

東大赤門前にて40年の美術・骨董商の2代目。
27人の鑑定士を抱える。
国内6店舗支店開設。
帝国データバンク骨董取扱実績金額日本一。
中国美術・骨董品日本一取扱。
官公庁・国税庁からの差し押さえの鑑定・査定業務を行う。
若手芸術家を紹介する番組「ブレイク前夜」を制作・提供し、芸術家のプロデュース会社 『ART-PRO』を設立。

◆本郷美術骨董館  http://www.hongou.jp/ 

◆ブログ『鑑定ファイル』 http://profile.ameba.jp/art-hongou/

◆BSフジ 毎週火曜21:55~ 『ブレイク前夜』 http://bit.ly/2gdImdM
◆藝術家集団 『ART-PRO』 https://www.artpro-japan.com/

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