世界チャンピオンになった美しすぎるフレアバーテンダーのスゴい人!

私の家は漫画喫茶の2番室

「フレアを知らない人にどう伝えるか」という苦しみ

世界で通用するパフォーマンスを作る

フレアバーテンダーをご存知だろうか?
世界的に有名になったのはトム・クルーズ主演の映画「カクテル」だろう。
バーテンダーがボトルやシェーカー、グラスなどを用いて曲芸的なパフォーマンスによってカクテルを作り出す。
本日登場するのは、世界大会で優勝したスゴい人。
彼女は日本にフレアが入ってきて間もない時期から始め、技術やパフォーマンス力も素晴らしく、更に美人で華がある。
しかし、彼女の過去は決して順調ではなかった。
きっと多くの人に勇気を与えてくれるだろう。

さあ…
プロフェッショナル・パフォーマー
富田 晶子様の登場です!


日帰り東京がアイドルへの道に繋がる

母が日本舞踊の先生をしており、私も3歳から踊っていたのですが、母が病気で教えることができなくなり、中学に入る頃には日本舞踊を続ける環境がなくなってしまいました。
テレビで観ていた東京を見たくなり、高校1年生の時、1人日帰りで初めて東京に行きました。
109で撮影をやっていて「写真を撮りませんか?」と声を掛けられ、東京での記念写真も欲しかったので撮影に応じました。
その写真がミスコンにつながっているとは知らず、勧められるまま応募すると全ての審査を通過し、実際に広告に載りました。
そんな中、ある芸能プロダクションからアイドルをやってみないかと誘いを頂いたのです。
アイドル活動は東京に行けるチャンスだと思い「1年だけ」と父を説得して上京しました。
雑誌やラジオやテレビに出演するなど色々な機会を頂いたのですが、改めて考えてみると、歌を歌いたいわけでもなく、グラビアをやりたいわけでもない。
ただ、東京に行けるという理由だけで、一体私は何を頑張れば良いのかよくわからなくなり、2年後、アイドル活動には終止符を打ちました。

フレアとの出会い

その後、行列が出来るレストランで働き始めました。
受付の仕事をしていたのですが、ある日「バーテンダーをやってみない?」と声を掛けられたのです。
そのお店は、たまたまフレアをやる店でした。
日本にフレアが来てまだ1年くらいの時だったのですが、フレアをみて感動して、喜んでいるお客様を見て、「私も人を喜ばせられる人間になりたい!」と強く思うようになり、BARの勉強とフレアの練習を始めました。
上手にできない自分が悔しくて、1日10時間くらい練習し、やればやるほどできるようになるのが楽しくて、毎日練習をしました。
何を頑張れば良いのかがわからなかった時とは真逆で、自分の努力が形になり、自信へと繋がっていく喜びを知り、フレアをしている時が楽しくて、ずっと練習していました。
海外からフレア大会のDVDを取り寄せ、新しい技を知ることや、独自の技を研究するのも楽しかったです。
そんな中、母親が病で倒れ、新潟と東京の行き来をするようになりました。
父と私が交互に母の介護をして、その合間をぬってフレアの練習をする日々。
後に母は天国に行きましたが、その現実をなかなか受け入れられなくて苦しい毎日が続きました。
私は両親に心から感謝をしています。
「愛情の大切さ」を両親から教えてもらい、父と母の子に生まれて本当に良かったなと思っています。

私の家は漫画喫茶の2番室

東京に再び戻ってきたものの、友人もいなくて家もない。
3日間ほど公園暮らしをして、「このままじゃいけない!」と思い、以前バイトをしていた漫画喫茶に行ってみたのです。
再びそのマンガ喫茶でバイトをさせてもらえることになり、家が無いと話すと、2番室のパソコンが壊れているから荷物を置いてもいいよと言われ、その日から漫画喫茶が家になりました。
夜はBARで働こうと思って面接に行き、家がないので履歴書に住所も書けない状態でしたが、そのBARで雇ってもらえることになりました。
面接の時「厳しくて辛いけど働ける?」と言われていましたが、母の死に比べたら仕事の厳しさも辛くはなく、すごく勉強になることも多かったです。
3ヶ月が経った頃、14番室のお客さんが毎朝4時にスナック菓子を食べる音に耐えきれなくなり、漫画喫茶暮らしは卒業しました。

対人恐怖症との戦い

母の介護中の3年間はほとんど人と会わずにいたので、人と目が合うと震えてボトル1本さえも投げられなくなっていました。
これを克服するのが本当に大変でした。
少しずつテレビなどに出演させていただく機会が増える一方で、批判の声も届くようになり、自信を失ってしまい、失敗しては泣くというのを繰り返していました。
人間って不思議なことに、傷つきすぎると痛みさえも感じなくなります。
大会で結果を出せなくても、練習とバイトだけしていればいいやと自暴自棄になりそうな時、知り合いから披露宴でショーをやって欲しいと頼まれたのです。
その方は、私が毎日練習をしているのを知っている方で「人前に出ると全身が震えてボトルを投げられないの」と話したのですが、「それでも良いからお願い!」と頼まれました。
初めて作った15分のショータイム。なんと、ノーミスで出来たのです!
人前でもやれた!この経験がその後の自分の糧になりました。
再び、大会にもチャレンジするようになったのですが、全日本フレア・バーテンダーズ協会(ANFA)名誉会長の北條智之さんの「自分らしくフレアをやればいいんだよ」という言葉に支えられ、グアムの世界大会でも優勝できました。
大会で優勝した喜びよりも、お客様がスタンディングオベーションしてくれた喜びが忘れられず、技で勝負するよりお客様の喜びを追求したいと思い、それ以降、大会に出場するのを辞め、ステージパフォーマーとしての道を切り開いていくことになります。

「フレアを知らない人にどう伝えるか」という苦しみ

私のパフォーマンスは一般の人を対象とすると、興味を持つ人と持たない人に別れてしまいます。
どうしたらそれを打破できるのか考えて、他の方のパフィーマンスを観に行ってみると、お客様を喜ばせるために色々な工夫をされていて面白かったのです。
パフォーマーの方に色々とお話を聞かせてもらいました。
「晶子ちゃんはフレアの事しか勉強してこなかったよね。僕らはお客様を喜ばせるプロとして、一体感を作る勉強をしながら、毎日路上に出て積み上げて来ているんだよ」と教えてもらったのです。
それからパントマイムやダンスも習い、構成も勉強し始めました。
今では3パターンの構成で30〜45分のショーを作り上げることができました。

世界で通用するパフォーマンスを作る

やってみないと何も生まれない。
傷つく事もなければ喜びもないのです。
人って、感情と触れた時に何か大切なものを感じ取れるのだと思います。
継続は後退に繋がるので、常に新しい事を取り入れるようにしています。
新しいアイデアが生まれると海外に飛び、路上で試しています。
国によってウケるポイントも違い、常に新しい発見があり、刺激をもらえます。
予想がつかない知らない場所に行くって、私にとっては大事なのです。
これからも時間が空いた時は世界各国に行き、どの国でも通用するパフォーマンスを作り上げて行きたいと思っています。
あの辛かった母の死が、ここまで私を強くしてくれました。
今でも夢の中で母と会っています。

取材を終えて・・・

富田さんのパフォーマンスはお客様を巻き込んでステージに上がらせて、お客様を必ずヒーローにするそうだ。
人間関係だけではオファーはもらえない。
企業や個人の大切な式典でミスは許されない。
感謝されるか嫌われるかのどちらかだという。
ステージは富田さんが好きなシンデレラストーリーの構成になっているという。
まだステージは拝見したことはないけれど、彼女の話を聞いた後にシンデレラストーリー構成の彼女のステージを見たら、きっと色々な感情が生まれて来るだろう。
世界にも繰り出し、楽しみながらステージを作り続けている先には、必ず求める未来が待っているはずだ。
リピートも多い彼女のステージ、気になる方は一度足を運んでみては如何でしょうか。


プロフィール

富田晶子(とみた・しょうこ)
バーテンダー歴&パフォーマー歴:18年
4本から足に挟む、世界で富田1人しか出来ない技を持つ。
(SHOKO Quattro Flamingo)
世界初!本格的日本人女性フレアパフォーマーの第一人者。
国内大会で2回準優勝を遂げ、グアムでの国際大会で優勝し、現在はプロパフォーマーとして活躍中。
独自の世界感を持ち、オリジナルのストーリーショーを作り上げ、世界各国で披露している。
マジックを使ったサプライズ演出や、お客様を惹きつけるコミュニケーショントーク、
お子様から大人まで楽しめるショーの演出、イベント、パーティに合った演出を行う。
また企業に合ったオリジナルカクテルが大人気となり、沢山のオリジナルカクテルを提供している。
NHKレギュラー出演、雑誌、メディアなどで活躍中。
最近では企業のPR広告、CM、映画などにも出演をしている。

◆所属事務所「エクセリング」ホームページ
http://excelling.co.jp/talent/shoko
◆パフォーマンス動画
https://youtu.be/MV0UMoBSmcs

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