オリジナルパフォーマンスでビヨンセに影響を与えたスゴい人!

病弱だった幼少時代

日本のクールさを知らずに憧れた米国

武道に流れる精神をダンスで世界へ

本日登場するスゴい人は、武道の精神を総合芸術で表現する世界的パフォーマー。
音楽界のミューズ、ビヨンセでさえ影響を受けた前例のないパフォーマンスを世界で初めて創造。
和の精神を日本人として世界へ発信し続ける、いわば伝道師である。
それは誰の真似でもなく、完全なるオリジナル性を追求する孤高の存在。
彼はいかにしその独特の表現方法を創造し、確立したのだろうか。

さあ…
株式会社ORIENTARHYTHM
代表取締役 サカクラ カツミ様の登場です!


病弱だった幼少時代

幼い頃は身体も小さくて、病弱な方でした。
勉強も苦手だったし、運動も全然ダメで。
絵を描いたり、何かを創造したりするのはとても好きでした。
両親はそんな私の想像力や、創作意欲を認めてくれていました。
普段は全く成績を気にしない僕でしたが、テストの点数の部分を折り曲げて見えないようにしていたら、母に「勉強以外に自分は誰にも負けないものがある。と思うのなら、点数を恥じるな」と教えられました。
通っていた空手教室では、体も小さく皆ができることがなかなかできない事が多くて。
稽古を終え帰宅してから父に自分の非力を嘆いていたら、父から私の名前は「おのれに勝つ」と書き、それは自分自身の心に日々勝利していく意味だと聞かされました。
他人と比べて自分を嘆くのではなく、自分の弱い心に勝ちなさいと教えてくれました。

空手との決別

高校は男子校に進学し、空手部で想像を絶する厳しい稽古の日々を送っていました。
空手の理念に「小よく大を制す」というのがあるのですが、高校3年の時にその理念が崩壊しているのではないか?と思うようになったんです。
近眼がゆえに目つきが悪かった僕はよく街中でからまれたのですが、身体の大きなやつにはなかなか勝てなくて。
空手に対して疑念がうまれてしまった。
そんなことで大学ではボクシングへ転向してしまって。
空手をやっていたという自負がありますから、体格が同じなら当然勝てるだろうと甘い期待を抱いていたのですが、全然違いました。
空手の技術は全く通用しなくて。
空手とボクシングではそのメソッドが全く違ったんです。
これは何なんだろうと思いましたね。
その時に初めて空手の理念が正しいことに気が付いた。ボクシングに転向しなかったら一生気付くことはなかったと思います。

ダンスとの出会い

大学卒業後は服飾関係の会社に就職したのですが、初日の新人研修で自分がやりたいこととは違うと考え、その日のうちに退職しました。
その後は色々な仕事をやって。
調理師免許をとってコックもしました。
何をやっても、これという納得ができる就職先を見つけられないでいたんです。
大学時代にMTVでマイケルジャクソンのダンスを見て憧れて、独学でダンスを習得していたのですが、23歳の時、身体のメンテナンスのために通っていたジムでヒップホップのクラスに出会いました。
この出会いから、趣味だったヒップホップを教える立場になりました。

日本のクールさを知らずに憧れた米国

僕の尊敬するダンサーでマドンナグライムスという女性がいます。
ヒップホップ界では有名な方で、来日の際に僕がアテンド担当をしました。
当時は僕もヒップホップダンサーとして米国、とりわけ黒人文化に傾倒していたので、肌は浅黒く日焼けし、髪はパーマをかけて黒人へのオマージュを体現しているつもりでいたんです。
帰国の前日に彼女に部屋に呼ばれましてね。
あこがれの人からの呼び出しにドキドキしましたが、そこで彼女に叱られて。
「他人の文化を真似るのはのやめなさい」と。
日本にはカッコ良い文化が沢山あるのになぜ黒人の真似をしているの?と。
頭を一発ガツーンと殴られたような衝撃が走りました。
すぐに坊主頭にして。
彼女のこの言葉が僕の人生を180度変えました。

空手の持つ不思議な魅力の再発見

そこから自分自身の表現を模索し始めました。
彼女の言う日本の格好良さってなんだろうと。
26歳の時、自分の可能性を見つけるためにロスのベニスビーチに行って武者修行をしました。
そこは世界中のパフォーマーが集まるビーチです。
そこで好評を博したのが、空手の型を取り入れたダンスだったんです。
派手なアクションよりも、地味とも言える空手の基本の型が一番人気で。
面食らいましたよね。
空手の動きをダンスで表現する。
誰もやったことがない、僕だけが歩く道をそこで見つけたんです。
誰の真似でもない、完全なオリジナリティを追求するために、そこから一切他人のパフォーマンスを見るのをやめました。
YouTube もTVも何もかもです。

高いオリジナリティから抱える苦悩

でもこの新しい試みは全然評価されず、国内のコンテストで落選し続けました。
当時の教え子よりも成績が悪いときもありました。
迷ったあげく、自分の原点であるマドンナグライムスさんに見てもらおうと思いまして。
着の身着のまま飛行機のチケットを取ってロスへ向かいました。
彼女は僕を覚えているわけもないので、いわば道場破りに近い形での再訪です。
ところが、僕のダンスを見終わったその場で彼女は自分の学校に来週から指導者として来なさいと言ってくれました。
他の誰よりも認めて欲しかった人に、認められた瞬間でした。

苦悩の日々の中の一筋の光

2年後に東京に拠点を移してから、海外に向けた広報活動を開始しました。
自腹でデモテープを作り、世界各地のクラブやコンテスト、TV番組などに交渉する日々。
デモテープを目の前で捨てられたこともありました。
ゴミ箱から大切なデモテープを拾い上げる。
悔しい、悔しい日々でした。
そんなある日、全米放映のTV番組「TARENT AGENCY」のプロデューサーから番組出演依頼をいただきました。
自分で創ったオリジナルダンススタイルORIENTARHYTHMの第一歩です。結果は優勝。
全米チャンピオンになり、そこから今につながる道が大きく広がりました。
万博やNYのオフブロードウェイ出演、さらにはIOCオリンピック委員会総会でのパフォーマンスと、海外からのオファーが一気に増えていったのです。

武道に流れる精神をダンスで世界へ

空手の中で学んだ精神に「惻隠(そくいん)」があります。
武道は人と人との真剣勝負の中から生まれた文化。
時代が違えば、己の勝利は相手の死を意味する。
だから日本の武道では勝者は勝利を喜ぶ前に、敗者を思いやりその命を尊ぶ。
それを惻隠と呼びます。
この精神性は日本独自の文化です。
惻隠の情を総合芸術で伝えていく。
エンターテイメントの王者はまさに映画。
予算もストーリーも劇場もビッグサイズ。
そこで表現できる可能性はとてつもなく大きい。
だけど僕は、一人の生身の人間の持つ迫力は、そのビッグスケールの映画にさえ勝ると考えています。
人間の生きたエネルギーと映像の持つ可能性で、新しい価値観を創っていきたいです。

取材を終えて・・・

圧倒的なオーラをまとってインタビュー会場へ現れたサカクラ氏。
自身でデザインされた、世界に一つしかないファッション。
空手の型を見せていただいた時には、その迫力に周囲の空気がまるで止まったように感じた。
多くの日本人が惻隠の情を語れなくなっているこの時代に、サカクラ氏によるパフォーマンスはまるで「正義」とは何かを伝えようとしていると感じた。
今後、不安定な世界へ静かに、でも確かにこの「正義」が広まっていくことを願います。


プロフィール

サカクラカツミ
愛知県出身
1999年 ダンスパフォーマンス集団「ORIENTARHYTHM」 結成
2003年 全米TV番組「TARENT AGENCY」で全米チャンピオンとなる。
安室奈美恵ツアー振付担当、NYブロードウェイ公演、上海万博出演など多数。

◆公式サイト:http://orientarhythm.com/

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